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921 獣王武闘会本戦 準々決勝第二試合 虎視眈々
しおりを挟む脳天へと落ちてきた千石京志郎の肘鉄。
とっさに首をひねってかわすも、左鎖骨の辺りに直撃する。
ズドンという衝撃にて沈んだのは英円の身体。たまらず片膝をつく。
まるで地面に縫い留められたかのような格好となったところで、膝下の分だけさがった顔面に飛んできたのは正拳突き。内側へとひねるようにして回転が込められた拳が轟っとうなり、無防備にさらされた銀毛のトラ頭へと吸い込まれてゆく。
「くそったれがぁーっ」
拳打を当たる寸前で払いのけた英円。
だが間髪入れずに飛んできた次弾までは避けられない。
前蹴りであった。
シンプルかつ地味だが、もっとも実戦に即した蹴り技。
肘、拳、蹴り、手堅い構成の攻め。
それゆえに無駄がなく、つけ入る隙がほとんどない。
顔面に蹴りを喰らって英円のトラ頭がおおきくのけぞる。
けれどももまだ終わりじゃなかった。
くるりと背を向けた千石京志郎が放ったのは回し蹴り。
胸元に決まった蹴りにて、英円は大きく吹き飛んだ。
◇
転がり伏したまま、ぴくりともしない銀トラの獣人。
蹴りの連撃をまともに浴びて、さしものトラ狂女もこれまでか……。
観客たちはそう考えていたのだが、これを成した当の千石京志郎は構えを解かず、残心のままにて、倒した相手をじっとにらんでいる。
その意味はじきに知れた。
「いつまでそうしているつもりだ」
静かにそう言ったのは千石京志郎。
これに「ちっ、おもしろくねえ」と答えた英円が、むくりと起きた。
強烈な攻撃を三発ももらったのだ。無事ではない。さりとて足がふらつくほどには至っていない。
肘の一撃は肩から首へとかけて発達した僧帽筋にて受け止め、あえて膝をつくことで衝撃を吸収し抑えた。
前蹴りの一撃はみずから首を引くことで、威力を半減させた。
回し蹴りの一撃はあえて前へと身を動かし打点をずらす。また厚みと豊かさが共存する乳房をクッションとして、ダメージを減少させた。もっともそれでも吹き飛ばされてしまったが……。
そして死んだフリにて相手がトドメを刺しにきたのところに、爪と牙を突き立ててやろうと狙ったのだが、それは看破されてしまった。
「やっぱり強いねえ。まともに組むのはいささか分が悪いか」
つぶやくのと同時に英円の左のトラ爪が変化する。数が一つきりとなり、長さと幅や厚みが五倍ほどにも大きくなって、巨大な剣のようになった。「音嗚滅爛虎慄紅武爪術、四の段、斬馬刀」である。「滅爛虎慄紅武爪術、一の段、徒花」の改良版。大きく軽く、切れ味鋭い絶刀。
だがこの武器が真価を発揮するのは「音嗚滅爛虎慄紅武爪術、五の段、怨嗟」と組み合わさった時!
右のトラ爪も形状が変化する。
それは細く、華奢で、斬馬刀と比べるとあまりにも貧弱な長細爪。
なのに放つ気配の禍々しさが尋常ではない。
警戒を強める千石京志郎の前で、英円は斬馬刀にそっと長細爪を重ねるなり、まるでバイオリンの弦を操るかのごとき動きをする。
とたんに斬馬刀が不協和音を奏で始めて、英円を中心にして周辺の大気がビリビリと震えだした。
斬馬刀と長細爪にて楽しげに演奏する英円。
だが愉快なのは当人だけ。周囲は音の暴力に席捲されていた。
生者をうらやみ妬む地獄の亡者の嘆きのような旋律。
見えない凶刃が渦を巻き、激しく飛び交う。
銀毛のトラ獣人がリズミカルに長細爪を前後左右に動かすたびに、斬馬刀が震えて応えては不協和音を発し、狂気のレクイエムを奏でる。
そしてその音色に操られるかのようにして暴れるのは姿なき音の獣。
英円の周囲を駆け回り、音の獣爪が地面を斬り裂き、ぐしゃりとひしゃげ、大小の穴を穿ち、薙ぎ払い、吹き飛ばす。ひっかき、抉り、一帯を蹂躙する。
これこそが英円が独自に編み出した「音嗚滅爛虎慄紅武爪術、五の段、怨嗟」なる奥義。
有効範囲は優に二十五メートル四方にもおよび、中心にいる英円へと近づくほどに攻撃の密度が濃く、より苛烈になってゆく攻防一体の技。
次々と襲い来る見えない刃に、後退を余儀なくされる千石京志郎。「銀禍」の異名を持つ英円の双眸に宿る妖しい光がさらに輝きを増す。
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