おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
上 下
891 / 1,029

891 獣王武闘会本戦 一回戦第七試合 中編

しおりを挟む
 
 一回戦第七試合は、タイマンで勝ち星の数を競う星取り戦。
 先鋒戦、裏千社は出灰桔梗(いずりはききょう)、五鬼からは黄鬼の櫟原了(いちはらりょう)が出陣。

 出灰桔梗は高月の地が誇れる数少ないもののうちのひとつ。
 高月城北商店街にてもっとも古い歴史を誇る呉服店「阿紫屋」の一人娘で、高月南高校の白薔薇の君と呼ばれる黒髪の才媛。若くしてキツネ族に伝わる狐崑九尾羅刃拳を会得する武才を持ち、学校の成績はいつもトップ。頭脳明晰、容姿端麗、お金持ちの家の子。天から愛されまくっているような彼女だが、周囲から突出しているがゆえに孤立を余儀なくされる。ついにはそれを拗らせて一時期は「禍つ風(まがつかぜ)」として市内で辻斬り紛いの腕試しに勤しんでいたこともあったけど……。
 それも早や過去のこと。いまでは芽衣やタエちゃんらと交流を深めることで、唯一の弱点であったぼっち気質が解消されつつある今日この頃。
 名前を呼ばれて闘技場に彼女があらわれたとたんに、客席から野太い声での「「「桔梗お嬢様」」」コール。
 どうやら一門から応援団が駆けつけているようだ。言い忘れていたが彼女の御堂の竜胆(りんどう)は由緒正しいお店の女主人のみならず、市の商工会長をも兼任しているやり手の経営者。小股の切れ上がったいい女ながらも、キツネの一門を率いる怖い人でもある。

 黄鬼の櫟原了は一見するとマッチョな大男がスーツを着ているようにしか見えない。
 だがすぐに観客たちはみんな、ぎょっ!
 上着とシャツを脱いで丁寧に畳んで、闘技場の隅へと置いた櫟原了。
 かとおもえば両拳を固く握って「はぁあぁぁぁぁっ」と息吹き。
 とたんに全身の筋肉が盛り上がり、肌がミカンを食べ過ぎた時みたいに薄っすら黄色くなって、頭からは角が三本にょきにょき、目がきっと厳つくなり瞳の色も薄っすら黄金色となって、口元には牙も生え、全身から猛々しい気が放たれる。
 鬼化、それもいきなり第二形態!
 ちなみに鬼はふだんは人間の姿でチカラをセーブして生活しており、必要に応じて鬼化する。
 第一形態で角が生えて目の色が変わる。
 第二形態で五十パーセントのチカラを解放し、肌の色が変わり、より猛々しく。
 第三形態で八十パーセントのチカラを解放し、肉体強度も飛躍的に向上する。ただしこの形態になるのには族長の許可がいる。
 第四形態で百パーセントのチカラを解放し真の姿となり、絶大な存在となる。けれどもそれと引き換えに肉体は朽ちはじめ、じきに崩壊を迎える。ゆえにこの形態になるのは鬼族を統べる白の御方が認めた時のみである。
 なお鬼族は序列が上位になるほど角の数が減っていく。
 一本角を頂点とし、最下位は五本角となる。
 だから黄鬼族で序列五位の櫟原了は、ちょうど真ん中あたりの実力の持ち主ということ。

 かつて出灰桔梗が「禍つ風」として暴れていた頃に、タヌキ娘の芽衣と深夜の廃校にて立ち合ったことがある。互いに奥義をぶつけ合う激しい戦いとなり、その時は芽衣が勝つも、内容はけっこうカツカツであった。
 そして芽衣は和歌山は南部の翡翠館にて、緑鬼の副長と戦い勝利を収めている。
 芽衣とほぼ互角、さらにはいろんな戦いや試練に修行を経て、出灰桔梗の実力はぐんと上がっている。
 序列五位ではいささか分が悪い?
 だからこその第二形態なのだろうが……。

  ◇

 先鋒戦の立ち上がりはとても静かであった。
 櫟原了はがっちりガードを固めての不動の構え。
 全身がぶ厚い筋肉の鎧に覆われており、なにより鬼はとてもタフだ。倒しても倒しても、すぐにけろりと立ち上がる。上位ともなればロストブラッドばりの超回復、千切れた足すらすぐにくっつくほど。おまけに副長以上だと個別に特殊なスキルを持つ。

 ばんっ!

 先に仕掛けたのは出灰桔梗。放ったのは蹴り。ただしただの蹴りではない。
 ほぼ左右同時に襲いかかることから双竜とも呼ばれる「狐崑九尾羅刃拳、二尾」なる蹴り技。ゆっくり相手へと近づいた出灰桔梗、その身がかすかにブレたと思った次の瞬間には衝撃が櫟原了を襲う。
 狐崑九尾羅刃拳は古来よりキツネたちに伝わる武術。伝説の九尾の妖狐のごとく、手足が九本もあるかのような疾風怒涛の攻めが身上。手数と速さが特徴にて、かまえなし、防御なし。つねにひょうひょうと自然体。そこから予備動作なしにて最高速の技を放つ。

 目にも止まらぬ蹴りがまともに入った。
 喰らった太い腕が物凄い音を立てた。
 だが櫟原了は微動だにせず。両腕のガードも下がらない。
 ゆえにさらに攻撃を続けようと接近する出灰桔梗であったが、いきなりさっと跳び退った。
 櫟原了の膝蹴り。それはなんの変哲も工夫もない一撃。なのに刹那、ふたりの間の空気がぱんっと弾けた。
 ひらりと後方に着地した出灰桔梗、その涼やかな目元がやや険しい。
 ちょっとしたことが必殺になりかねない鬼のカラダとチカラ。そして一見すると地味だが無駄のない動き。櫟原了はとてもシンプルだ。だがそれゆえに手強い。かつて和歌山で戦った緑鬼の雑兵どもとはちがう。
 闇雲に攻めたところで、この肉の壁は崩せない。
 そこで出灰桔梗が選んだのは「狐崑九尾羅刃拳、九尾」からの「狐崑九尾羅刃拳、四尾派生・鈴鳴振」という攻め。
 九尾は精確な狙いや洗練された連携などは捨て去り、ひたすら大量の突きを放つ。
 別名、篠突く雨とも呼ばれている超乱打。間合いの中に入ったが最後、土砂降りのごとき攻撃にさらされる。
 桔梗のそれはさながらゲリラ豪雨。
 数の暴力が局地を席捲する。一撃一撃は乱雑極まりない。けれどもそれゆえに無軌道、無作為。動きが、気配がまるで読めない。
 当てる気がないがゆえに、当たる。はずれた攻撃すらもが雨粒が地面で撥ねるようにして狂い踊る。
 そうやって相手を圧倒しつつ狙う鈴鳴振。
 これは出灰桔梗が独自に開発したオリジナル技。四発同時に打撃を放つのが狐崑九尾羅刃拳の四尾なる奥義。通常ならば拳や手刀を用いるのだが、それを両の手のひらで優しく包み込むようにして、対象局部を激しくシェイク。そうすることでビンの中にビー玉を放り込んでガンガン振り回すような状態となり、内部はボロボロに傷つき、ついには器が耐えきれずに砕けるという恐ろしい必殺技。
 外からが駄目ならば内から!
 出灰桔梗の両手が優しく黄鬼の角頭を包み込む。


しおりを挟む
感想 610

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

乙女フラッグ!

月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。 それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。 ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。 拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。 しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった! 日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。 凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入…… 敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。 そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変! 現代版・お伽活劇、ここに開幕です。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。 いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑! 誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、 ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。 で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。 愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。 騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。 辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、 ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第二部、ここに開幕! 故国を飛び出し、舞台は北の国へと。 新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。 国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。 ますます広がりをみせる世界。 その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか? 迷走するチヨコの明日はどっちだ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

ブラックベリーの霊能学

猫宮乾
キャラ文芸
 新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。

高槻鈍牛

月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。 表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。 数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。 そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。 あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、 荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。 京から西国へと通じる玄関口。 高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。 あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと! 「信長の首をとってこい」 酒の上での戯言。 なのにこれを真に受けた青年。 とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。 ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。 何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。 気はやさしくて力持ち。 真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。 いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。 しかしそうは問屋が卸さなかった。 各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。 そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。 なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...