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859 富士の樹海
しおりを挟む富士の樹海……。
それは青木ヶ原樹海とも呼ばれている富士山の北西部にある森にて、標高千メートル前後に位置し、三十五平方キロメートルにも渡って広がっている。これを東京ドームに換算すれば約二百二十個分ほどにも相当する。
噴火によって流れ出した大量の溶岩。これが一帯を焼き払ったあとに残されたのは、水分や養分の少ない黒っぽい溶岩質の土壌。その上に長い年月をかけて、針葉樹や広葉樹による混合林である原始林が根付き、ついには鬱蒼とした森になった。
周辺には大小の溶岩洞が数多く存在する。いかにも不気味な見た目と雰囲気にて、かつては「黄泉に通じる穴」とか「地獄穴」なんぞと恐れられていた時代もあった。
しかしそれも今や昔のこと。いまでは「富岳風穴」「鳴沢氷穴」などの大きな溶岩洞は一般公開されており見学可能。壮大な自然の造形美と、夏はひんやり涼しいもので人気の観光スポットとなっている。
一度迷い込んだら二度とは出てこられない。自殺者があとをたたない。方位磁石が効かなくなる。電子機器が使えない。携帯電話の電波が入らない。外部と隔絶された呪われた村がある。やばい怪物をみた! 無数の霊がウヨウヨ彷徨っている! 古代遺跡が存在している。政府の秘密の研究施設がある……などなど。
数多の俗説、ウワサや都市伝説にはことかかない、夢とロマンあふれる魅惑のドキドキスポット。
しかしその歴史は意外に浅く、千二百年ほど。森としてはまだまだ若いベイビーな森だったりする。
そしてここで非常に残念なお知らせだが、ウワサの大半はデマである。
たしかに足下はごつごつしており、太い木の根がうねって、視界も悪いけど、がんばって歩き続ければ、ふつうに森から外に出られる。
自殺はまぁ、そこそこ。
磁石や機器はふつうに使える。ところによってはちょっと狂うけど、誤差の範囲。スマートフォンの電波も極端な窪地とかでなければ届く。
ホラー系の話は、よくわからない。たぶん映画とか小説、アニメやマンガなどの影響だろう。ぶっちゃけお化けよりも、むしろメディアの影響力の方がよほどおっかない。
霊は……いる。ただしウヨウヨではない。むしろ町中のほうがウヨウヨしている。だって一番人死にが出ているのはヒトが群れ集い暮らす町だもの。夜中のコンビニとかでけっこうたむろしている。
とはそういうのが視えちゃう人の談。
秘密の研究施設? ないない。むしろバレバレじゃん。どうせ作るのならば全国に六千四百ほどもある無人島のひとつでも利用した方が、よほど機密保持に都合がいいだろう。
目撃証言があるナゾの怪物については、ヒマラヤの雪男や北米のビッグフットばりに胡散臭い。そもそも、ろくに食べ物のない森で大きな生物は生息できない。
今日び野生のクマですら、町に食べ物を漁りにくるというのに、わざわざ陰気な森に引き篭る意義がない。野生は必死であるがゆえにドライで賢いのだ。無駄なことはまずしない。
……だというのに、である。
わざわざそんな樹海に特設会場を作った大会運営本部。
いったい何がしたいのやら。ノリか? やっぱりノリなのか?
さすがにそれはないと信じたい。
けどしょせんは毛玉のすることだから。基本ちゃらんぽらんだし。
◇
電車やトラックが複数並んで楽々通れるほどもある、長い長い地下トンネル。
樹海の下に元からった地下空洞を利用して建造されたというけれど、すごい規模である。しっかりコンクリートで補強もされており、さながらシェルターのごとし。
いかに巨額のマネーを注ぎ込んだとて、よくもまぁ、この短期間でこしらえたもの。
「いったいどんな手品を使ったのやら」
おれが首をひねっていたら、後部座席にいる零号が窓の外を指差す。
「手品のタネはおそらくアレでしょう」
せっせと働いている作業員たちの姿あった。
でもよくよく見てみれば生身じゃない。全員、メタリックボディにて頭部がイヌである人型のアニマルロボ甲(かぶと)。
提供しているのは大会スポンサーである聚楽第。
フム。なるほど。あれが労働力の源泉か。連中ならばたしかに昼夜を問わずの突貫工事も可能となる。
でもアニマルロボ甲ってたしか自爆機能が搭載されていたよね?
いったいどれくらいの数が現場に投入されているのかはわからないけど、連中が一斉にちゅどーんと爆ぜたら、きっと姫路アニマルキングダムのときよりも爆破規模が桁違いになるはず。
「誤爆とか起こしたらイヤだなぁ」
なんぞと心配しつつ、おれが化けた4WD車は三つ目のゲートを潜り、ようやく開けた場所へと到着した。
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