おじろよんぱく、何者?

月芝

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848 濃霧

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 獣王武闘会本戦へと向かう道すがら。不覚にも道に迷った……。
 大幅に予定が狂う。夕方には富士樹海の特設会場に併設されたホテルにチェックインをして、あてがわれた豪勢な部屋でのんびりゆったり、豪華なディナーでウハウハしてまったり過ごすはずだったのに。
 いったん荷を降ろし、おれはドロンと化け術を解いてクルマから人の姿へと。
 こうなったら焦ってもしようがない。
 とりあえず一服して落ちつくことにする。

 タバコを口にくわえると、すかさずライターで火をつけてくれたのは、ひょろりとのびた白い女の手。おれの背中に憑いている白い腕の怪異。今回は出し惜しみしている余裕はない。総力戦ゆえに、第二助手のしらたきさんにも第六の隠しメンバーとして同行してもらっている。
 もしも対戦相手や運営側から物言いがついたら、おれは堂々と胸を張ってこう言ってやるつもりだ。

「いいえ誤解です。これはうちの事務所の備品です」と。

 煙をくゆらせて「すぅはぁ、すぅはぁ」
 あー、大自然の中で吸うタバコは何て美味いんだろう。毒煙を吐いて、清浄なる自然を穢してるみたいな背徳感がなんともいえない。

「しかしついてないね。地震のせいで高速道路が通行止め、中途半端なところで下に降ろされた挙句に、こんなところで道に迷うだなんて」

 きょろきょろ付近の様子をみていたトラ美が肩を落として嘆息。
 どうやらハンドルを握っていたことで、責任を感じているようだ。
 おれは「気にすんな。誰のせいかと言えば、地震が悪い。次点で助手席に座っていたポンポコならぬポンコツナビのせいだ」と慰めておく。

 スマートフォン片手に「レースの経験もあるから、ナビ役はわたしにまかせて!」なんぞと調子のいいことを言っていたうちのタヌキ娘。これまた責任を感じているのか、率先して行動を起こす。山道からそれてガサゴソ森の中へと分け入った。おおかたこの辺に住んでいる毛玉に声をかけて、現在位置と道を訊ねるつもりなのだろう。
 これにおれは「いつになく殊勝な態度だ。芽衣も成長したなぁ」と感心していたが、よくよく考えてみたらたぶんちがうな。
 芽衣の目的は豪華ディナーだ。食い意地のはったタヌキ娘は、まだ諦めていない。

「うーん」と思い切り背伸びをして「でも空気はいいな。なんとなく雰囲気がヘビの里に似ているし。オレは嫌いじゃないかな、ここ」と言ったのは、金髪リーゼントのタエちゃん。コキコキ首を鳴らしつつ、凝った肩を揉みほぐす。
 身長があり手足もすらりとしたモデル体型の彼女、車中でじっとしているのはいささか窮屈だったようだ。

 山中にて「ウォーン」という低い排気音を響かせているのは零号。自己メンテナンスプログラムがまだ終わらない模様。かなり入念にチェックしているのは、戦いに備えてのこと。体内に「雷龍の珠」を抱え、ついでに対炎龍の剣のキーアイテム「銀の針」も彼女に預けたので、そのための最終調整に手間取っているのかも。
 パカパカ仙人から託された「白い勾玉」と「銀の針」
 いろいろ悩んだ末に、おれは「銀の針」を零号に、「白い勾玉」をきっと会場にあらわれるであろう、白羽一党を率いる燐火に託すことに決めた。
 あいにくとおれの近接戦闘能力はさほどではない。その点、芽衣は優れているけれども武器を使うとなるとからっきし。適当をやって大切な針をへし折る未来しか思い浮かばない。トラ美やタエちゃんも似たり寄ったり。
 となれば、あとは伏兵としてしらたきさんか、零号の二択になるのだが、いかに器用であろうともしらたきさんはあくまで事務員。こと荒事に関してならば、零号に軍配があがる。というわけで彼女に任せることにした。
「白い勾玉」に関しては、これと対となる「黒龍の勾玉」を以前にオコジョくのいちのかげりが使用していたことから、かげりと敵対関係にある燐火に預けることにする。
 癖の強い道具と似た者同士、きっとうまいことやってくれるだろうとの判断である。

  ◇

 尾白チームのメンバーが思いおもい休憩していると、付近の繁みががさり。
 姿をあらわしたのは芽衣である。
 が、開口一番「ダメ、だれもつかまらない。っていうか、この山、ちょっと変かも」なんぞと言い出した。
 これを受けて、あらためて周囲を見渡し、おれたちもはっとなる。
 風にそよぐ枝葉や草木の音はすれども、よくよく耳を澄ませて見れば、虫の声、野鳥のさえずりひとつ聞こえてきやしない……。

 すかさず動けない零号を囲んで円陣にて警戒体勢をとる一同。

「道なりに進むか。それともいっそのこと戻るか」

 どちらにしろ、この場に留まるのは得策ではない。
 だからおれはふたたびクルマに化けようとしたのだが、そのタイミングで急に起こったのは霧。あっという間に濃くなって、まるで空から雲が降りてきたかのような状況となり、おれたちは立ち往生を余儀なくされてしまった。
 これでは下手にはぐれたら、互いの位置がわからなくなる。
 だからなるべく固まってじっと息を潜めていると、びゅるりと突風が吹いた。

 風にあおられて霧が裂ける。あらわとなったのは山の斜面の一画。
 昔ながらの庄屋さんのような藁ぶき屋根の一軒家がぽつんと。


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