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847 とある山の中
しおりを挟むブロロロロロロ……。
いよいよ獣王武闘会本戦の会場へと向かう道すがら。
車窓の外を流れる景色を横目に、おれはつい先日に招かれた会での出来事を思い出していた。
◇
裏壮行会というサプライズパーティーにて、怪盗ワンヒール他多数の変態どもの協力を得たおれこと尾白探偵。
とはいえしょせんは素人の変態どもである。畑ちがいということもある。
ゆえにさほど期待はしていなかったのだが、そんなおれに怪盗ワンヒールが不敵な笑み。
「ふふふ、尾白探偵、知っていますか? のめり込める何かを、夢中になれる物を持っている人はとてもタフで、そしてとっても手強いのですよ」
例えばアイドルオタク。
奉仕と称して各地のライブ会場へと遠征行脚し、お布施と称してCDやらグッズを山のように購入しては、勧誘と称して新たなファンという名の信者を増やすべく熱心に布教活動する。
当然ながら活動するには費用がかかる。それも莫大な金額が……。
それを賄うためには働かねばならぬ。
まぁ、なかには親の金を使い込んだり、消費者金融に借金したりと、ダメな方に舵を切る阿呆もいるけれども、大半の健全なファンは自前でどうにかしようとする。
「推し」をより高みへと押し上げるために、天下を獲るためには銭のチカラは必要不可欠。
だから稼ぐ。
熱心に仕事に励む。
バイトを掛け持ちする。
副業に勤しむ。
あるいは独立してガンガン稼ぐ。
睡眠時間を削り、がむしゃらにがんばる。
たとえ親兄弟や恋人に泣いてすがられようとも、「すまぬ」とこれを振り払う。
すべては「推し」のために。
そのためにどうすればいいのかを、絶えず考えている。
考えて、考えて、考え抜いて行動し、意地でも結果を出す。
まさしく全身全霊にて、その熱量たるや凄まじいものがある。
目標が明確であるがゆえに、わき目もふらず注力する。
一点突破の破壊力、突進力は誰にも止められない。
かくのごく己が「好き」をどこまでも追い求める者ども。
この難事を成すに足るだけの気力、体力、集中力、胆力、各種能力をも兼ね備えた猛者へと至るのは、ごく自然の成り行きともいえよう。
そしてその過酷な道をひた走り、他の追随を許さず、ただ前だけを見つめて、これを極めし者を、世間では「変態」と呼ぶ。
少々大袈裟な物言いとなったが、とどのつまり変態というのは、世間的にはちょっと変わり種ではあるものの、総じてハイスペックだったりするということ。
一見するとしようもないことに本気になれる連中。
その所有する膨大な熱量をしばし貸してくれるというのだから、なんとも心強い。また空恐ろしいものでもある。
はてさて、陰日向にフォローしてくれると言っていたが、どうなることか。
◇
ブロロロロロロぉん、ぎゅるぎゅる、じゃっ、じゃっ。
なかなかの傾斜、右へ左へとぐねぐねうねる坂道にエンジンが悲鳴があげ、タイヤが砂利を跳ね上げ、アクセルがやや空回り。
やがて車が峠道をのぼりきったところで停車する。
おれが化けている4WD車のハンドルを握っていたトラ美が「まいったな、そろそろ日が暮れるぞ」とつぶやき、助手席に座る芽衣も「うそ、電波が入らないっ!」とスマホをあちこちにかざしては、焦っている。
後部座席にて金髪リーゼントのタエちゃんは憮然と腕組み。その隣にいる零号はじっと目を閉じ固まったまま。どうやらアニマルメイドロボは自己メンテナンスプログラムが作動中らしい。
でもって、ただいま尾白一行は絶賛、山で迷子中なのである。
大会主催者側から送られてきた電車やらバスなどのチケットもろもろ。
それをすべて金券ショップに売り払い、自前で馳せ参じようとケチな料簡を起こしたのが運の尽き。
う~ん、やっちまったかも。
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