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837 武内宿禰
しおりを挟む高月上宮天満宮が鎮守の森の奥、わりと浅いところに埋まっていた遺跡?
その最深部には大きな石櫃が安置されていたものの、中身は空っぽ。
すっかり当てがはずれ、がっかりする尾白探検隊。
そんな探検隊の前に突如としてあらわれた、ナゾの人物。
古代人風のいでたちの麗人が出現!
どうなる、どうする尾白探検隊……。
◇
「足は……ちゃんと生えていますね。というか股下長っ。モデルばりじゃん。余裕で立ったままで潜れそうです」
「たしかに、でも体はちょこっと透けているような」
「えーと、幽霊でしょうか?」
「というか服装やら雰囲気からして、ここの遺跡の主じゃないかな」
「だとしたらまずくないですか、四伯おじさん」
「あぁ、極めてまずい状況だな、芽衣。なにせ不法侵入の現行犯だからな。しかも金庫破りならぬ石櫃破りの現場をばっちり目撃されてしまった」
「言い訳のしようがありませんね。こうなったらいっそ、すべてを闇に葬って……」
「いやいやいや、葬るもなにも、あちらさんはとっくに亡くなって葬られているじゃないか」
「あっ! そうかぁ。いやぁ、これはうっかりうっかり」
「まったくこのタヌキ娘は、もう。おっちょこちょいなんだから」
「「ははははは、じゃ、そういうことで」」
笑って誤魔化して、そそくさとその場をあとにしようとしたおれと芽衣。
だがしかし……。
「はぁ、さすがにそれは無理があるだろう」
ため息をついた古代人の麗人の幽霊。人差し指をくいと軽く動かしたとおもったら、ゴゴゴと地響きにて動きだしたのは通路の壁。
裂け目を活かして作られたとおぼしき廊下がぴたりと閉じて、逃げ道を完全に塞がれてしまった。
「なっ」「げっ」
驚愕する探偵と助手に、麗人の幽霊が蠱惑の笑みを浮かべる。
「まぁ、ひさしぶりの客人だ。そう急いで帰ることもなかろう。もっともあいにくと、こんな身なので、たいしたもてなしはできんがな」
麗人の幽霊は「武内宿禰である」と名乗った。
いかにも昔のえらい人っぽいたいそうな名前であるが、おれは「はて」と内心で首をひねっていた。
なぜならその名前には聞き覚えがあったからである。なのでせっせと頭の中の記憶の引き出しを漁る。
◇
武内宿禰(たけのうちのすくね)。
景行天皇から仁徳天皇にいたって、じつに五朝もの間に大臣職を歴任、政治の中枢に深く関わったとされており、長寿日本一といわれた人物。
生没年不詳にて、彼の長寿をたたえる和歌なんぞも残ってはいるものの、実像はわかっていない。あくまで伝説上の人物とされている。葛城・蘇我あたりの有力豪族の祖とするともいわれているが、あくまで推測の域をでず。
それがおれの脳内データバンクに保存されていた人物録。
ではどうしてそんな昔のえらい人のことを知っていたのかというと、じつはおれは歴史マニアにてすごく博識……。
というわけではなくて、ずっと以前に受けた依頼の名残り。
まだ駆け出しの時代、主に学生相手に媚びを売って商いに精を出していた頃のこと。
とある大学の教授と知り合った。古代史の研究をしているおっさんで「バイト代を払うから発掘調査を手伝え」と誘われて受けたのである。
詳細は差し控えるが、その発掘場所というのが大坂と奈良の県境、土蜘蛛伝説や、一目百万本と称えられるヤマツツジの絶景で有名な、金剛山地の中央に位置する葛城山付近であった。
畿内にて大和王朝が栄えるよりもずっと前のこと。鬱蒼と茂る森の奥深く、かつて存在したという葛城文明の古代遺跡を求める神秘とロマンの旅。
といえば聞こえがいいが、そのじつ、とんだ地獄道であった。
道なき道を突き進む様は、ほとんど遭難とかわらない。軍隊の特殊部隊の訓練に近しい苦難の道行きにて、学内で募集をかけてもちっともメンバーが集まらなかったがゆえの、勧誘であったのだ。
「騙された!」
と気がついたときには、すでに深い森の中、後の祭りであった。
でもってその道行きの間中、延々と教授から熱心にうんちくを聞かされ、刷り込み洗脳……もといすっかり耳にタコができてしまったがゆえに、イヤでもその名前を記憶の奥底に刻まれていたのである。
まぁ、このときの発掘調査は結局空振り。とんだ草臥れ儲けで終わったのだけれども。
あの教授が葛城文明のキーパーソンとにらんでいたのが、武内宿禰。
だからおずおず「ひょっとして葛城国のえらい人だったりする?」とたずねれば、麗人の幽霊は意外そうに片眉をあげて、「そうだ。しかしよく知っていたな」と感心したものの、おれは冷や汗だらだらである。
どうしてそんなえらい人がこんなところにいるの!
おれは内心で頭を抱えた。
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