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836 石櫃
しおりを挟む兵馬俑のジオラマを抜けた先は、また違った造りになっていた。
ここまでは削り出した石で壁や床が組まれあったのに、奥へと続く廊下は天然の岩の裂け目を利用したかのようなシロモノ。なんとも野趣あふれる造詣。
全体がやや歪で右に傾いている。幅も狭く大人ひとりがどうにか通れるかにて、高さもない。しゃがむほどではないが中腰の姿勢を強いられるぐらい。
L字型に曲がっている通路。
抜けた先には、またぞろ開けた空間。
でもって突き当りには畳を二枚縦に繋いだぐらいもある、大きな石櫃がどーんとね。
「おぉ、いよいよお宝の登場か!」
「でも四伯おじさん、この石の箱ってようは棺桶ですよね? ということは中身はただの干からびた死体なのでは……。わたし、ミイラってあんまりいい思い出がないんですけど」
亀松百貨店での怪異騒動のときのことを思い出し、芽衣はげんなり顔。
おれも気持ちは同じだ。だがしかし……。
「たぶんな。だがこれだけの立派なところに埋葬されている人物だ。きっとミイラだけじゃないだろう」
黄金のマスクとまではいわずとも、翡翠の勾玉のひとつ、宝石の首飾り、もしくはちょっとした金銀の装飾品ぐらいは期待できるかも。よもやあのミニミニ兵馬俑だけということはあるまい。ここまで調べた感じでは盗掘された形跡も見当たらないし。
というわけで、さっそく石櫃の蓋を開けちゃうぜ!
◇
いったいどうやって運び込んだのやら。
一枚岩の蓋はめちゃくちゃ重かった。
おれと芽衣とでふたりがかりで、フンスカ、フンスカ。顔を真っ赤にして押して、どうにかちびちび動くばかり。
「あーん、もう! めんどうくさいっ。いっそのこと叩き割っちゃいましょうよ」
癇癪を起こすタヌキ娘をおれは「どうどう」となだめる。
「さすがにそれはまずい。ちょっと漁るぐらいならばともかく、本格的に破壊するのは気が咎めるし、あとでバレたら車屋あたりにマジでシバかれかねん。金槌で頭をかち割られたり五寸釘で打たれてハリツケにされるとか、おれはイヤだぞ」
車屋とは泣く子も黙る国税局八番課に所属する車屋千鶴(くるまやちずる)のこと。
西洋のアンティークドールのごとき中性的な、まるで少女マンガに登場する美少年のごとき容姿の小柄な女性ながらも、吐き出す言葉は辛辣にて、その行動は地獄からの使者のごとし。
なんやかやと屁理屈をコネては税金を滞納する毛玉ども。これを地の果てまでも追い詰めては、「金が払えないのならば毛皮をよこせ!」と容赦なくむしる鬼畜外道の取り立て人。
毛をむしられる。モフモフがトレードマークである動物にとって、これはトラウマものの恥辱。拘束され意識はそのままに生皮を剥がれるとか、想像しただけでガクガクブルブル。
加えて国税局八番課の人間はみんな術士だ。
あの部署自体がかつての陰陽寮の成れの果てみたいなところにて、存在も所属するメンバーも、とにかく胡散臭いことこのうえなし。極力関わらないのにこしたことはない。
「うっ、それはたしかにわたしもイヤかも」
「だろう、芽衣? というわけで、ほら、もうひとふんばり。あとちょっとで中が拝めるくらいの隙間ができるから」
「わかりましたよ、もう」
気を取り直し、ふたたび石櫃の蓋へと向かう探偵と助手。
そのかいあってか、ズズズ、ズズズと少しずつ動いていく蓋。ついに二十センチほどもの隙間ができた。
「どれどれ」
探偵の商売道具であるペンライトを片手に、おれは中をのぞき込む。
が、待っていたのは予想外の光景。すぐに「あれ?」と首を傾げることになる。
石櫃の中は空っぽ。
風化して遺骸が朽ちたとかではなくて、それこそ骨のひと欠片、布の切れ端ひとつありゃしない。
「えっ、ウソでしょう」
おれからペンライトを奪って、自分の目でたしかめたタヌキ娘も愕然となる。
とんだ草臥れ損にて、おれと芽衣は「ちぇっ、なんだよぉ」「もう、しんじらんないっ!」とガッカリするやら怒るやら。
だがそのときのことであった。
石櫃の中ばかりにすっかり夢中になっていたおれたちは、蓋の上、向こうの端にて足を組んでは、悠然と腰かけている存在がいることに遅まきながら気がついて「「えぇっ!」」
その人物は奇妙な人相風体をしていた。
透き通るような白い肌に舞台女優のごとき整った顔立ち。麗人である。
髪は美豆良(みづら)という頭の両端にて束ねたもの。衣は筒袖、太腿のところがゆったりとした褌(はかま)。倭文布(しづり)の帯に頸珠(くびたま)、手玉(てだま)、足結(あゆい)を施し、皮履(かわぐつ)をはき、黄金色をした頭槌(かぶつち)の大刀を佩びており、まるで歴史の教科書の古代史のページから飛び出したかのような格好をしていた。
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