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829 バイバイまたね
しおりを挟む「パパ、みんな、バイバイまたねー!」
来るときも突然だったが、去るときもまた突然であった。
芽衣やトラ美に瑪瑙さんなどなど、世話になった女性陣に見送られて、迎えにきた母親の桜花朱魅に連れられて潜水艦で帰っていった伯魅。
よもやの現地解散!
少しは別れを惜しんでグズるかとおもいきや、じつにあっさりとしたものである。
「ははは、やはりママにはかなわんか。にしてもうちの娘、ちょっとドライすぎねえ?」
パパってば立つ瀬なし。
海中に没し、たちまち見えなくなった潜水艦。
大海原を眺めつつ、おれがぼやけば、
「あーあ、これでまた元のしけたタバコ臭い事務所に逆戻りかぁ。寂しくなりますねえ」
と芽衣はちょっとしんみり、でもすぐに顔をあげて「ドライっていうか、あのでたらめ具合はぜったいに母親似でしょう。というか四伯おじさんに似たところって、どこかありましたっけ?」なんぞとほざく。
おれはタバコに火をつけつつ「うーん」としかめっ面、すると急に風向きが変わって煙が目に入った。
じわりと涙が浮かぶ。
ちっ、今日のタバコの煙はやたらと目にしみやがるぜ、グスン。
「………………フム。よくよく考えてみたら、ちっともねえな。会うヤツ会うヤツ、『ぜんぜん似てねえ』とか『父親に似なくて本当によかったなぁ』とか言うばかりだったような気がする」
「でしょう? まぁ、ふたりはへんてこな父娘関係でしたからねえ。それにしても毎度毎度、鬼には驚かされてばかりです」
「だな。まさか潜水艦まで保有しているとはおもわなかったぜ。ったく聚楽第どもといい、あるところにはあるんだよなぁ、お金って」
「まったくです。その気になったらすぐにでも独立できちゃいそう」
「というか、おれたちが知らないだけなのかもな。あれだけの組織にチカラと財を持っているんだ。どこぞに秘密基地のひとつやふたつ持っていても不思議じゃねえよ」
「まるで現代版の鬼ヶ島ですね。たしかにありそう」
「もっともあったとして、絶対にそんな島には上陸したくねえがな」
なにせ鬼族の男女比率は極端。
九分九厘がガチムチの野郎ども。
右を向いても左を見ても、そんなのがのしのし闊歩しているマッスルアイランド。
うん、もの凄く暑苦しいな。
ちょっと絵面を想像しただけでげんなりするぜ。
それはタヌキ娘も同じであったらしく「あー」と、とても嫌そうな顔をしていた。
◇
ごぉうん、ごぉうんと遠くに機械音が鳴る。
それにともなってタンカーがゆっくりと動きだした。
どうやら止まっていた動力が回復したらしい。
このまま周囲を味方の船舶らが並走し、タンカーを最寄りの港へと連行する。
もちろんそこは動物界の息がかかった港にて、そこであらためて船内を総ざらいすることになる。
なお愛葉会の面々は個別聴取ののちに、随時解放する。
こんなに大勢を囲って無駄飯を喰わせてやれる余裕なんぞは、動物界にはない。
というか、ぶっちゃけめんどうくさい。毛玉は条件次第ではヒトに飼われてやることもやぶさかではないが、その逆の趣味はないのだ。
ゆえにややこしい裁きは人間界側に丸投げしちゃう。
もっともその仲介役をやらされるカラス女は、もの凄く不機嫌でずっと貧乏ゆすりしまくり。襲撃のどさくさにくすねたシガリロが恐ろしいペースで消費されている。
くわばわ、くわばら。触らぬ神に祟りなしにて、おれは知らん。なにせこちとら街のしがない探偵屋さんなもので。
ただしである。
諸悪の根源である華佗士はべつだ。
おれのフライパンアタックを受けて、首にコルセットを巻いた姿が痛々しい。
こいつの身柄はあらためて鬼族に引き渡されることになっている。
なにせ鬼の姫君をつけ狙ったばかりか、その血肉欲しさに命をも奪おうとしたのだから。
その責任をきちんととらせる必要がある。
連れていかれた先で華佗士を待ち受ける運命やいかに。
奴隷として死ぬまでこき使われるのか、あっさり刻まれて魚の餌にされるのか、はたまた魔改造を受けて待望の不死性を手に入れるのか、こうご期待!
◇
ここは沖合。港につくまでにはしばらくかかる。
退屈を持て余した芽衣はタエちゃんや桔梗らと船内の探検に行くという。
散々に暴れたあとだというのに元気な娘たち。
その背を見送りつつ、おれが考えるのは桜花朱魅が別れ際に口にした言葉。
「次に会うのは獣王武闘会の本戦の時だろう。もちろん伯魅も連れて行く。だがたぶん驚くことになるだろうから、先に謝っておくよ」
意味深な物言いにて、赤鬼の長はにやり。
うぅ、気になる。これでは生殺しであろう。
まったく、母娘そろってとんでもない。
これだから鬼ってやつは……。
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