おじろよんぱく、何者?

月芝

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805 回想という現実逃避

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 瑪瑙さんから渡されたレシートをくしゃり、ジャケットのポケットに突っ込む。
 女の子の面倒をみる。
 その認識について、己の中に若干のズレがあることを知って、おれは地味にショックを受けている。
 よくよく考えてみれば、無意識のうちに基準としていたのが、あのポンポコピーなタヌキ娘……。

  ◇

 おれは昔の記憶がない。海藻まみれにて淡路島の浜辺に打ち上げられていたところを、先代芝右衛門である洲本一成に拾われた。
 自分が何者なのか、よくわからない状態。そんなおれを酔狂にも自宅へと連れ帰った一成は、そのまま住み込みの弟子にしてしまう。

 修行時代、肩身の狭い居候の身の上。
 ごはんのおかわりは三膳までと遠慮をし、高齢な師が熱々の湯に入るのは危なかろうと率先して一番湯に浸かり、ビバノンノ。これを適度にぬるめる。勧められたオヤツは残すと失礼だからぺろりと平らげ、わりとヘビースモーカーであった師の健康をおもんばかり、タンスにストックされてあったタバコを減らす手助けをする。自分が身ひとつの素寒貧ということもあり、ことあるごとに師に駄賃をせびる。洲本家は兼業農家なので、たまに農作業も手伝ったが、毎度「邪魔っ!」と葵のばあさんに追い払われるのがつねであったか。
 気がつけば、自然とおれは芽衣の子守り当番になっていた。

 小さい頃の芽衣は、それはそれは小さな毛玉であった。
 だがとてもシャカシャカした、それはそれは落ちつきのないちんくしゃ毛玉であった。
 どれくらい落ちつきがなかったかというと、カップ麺が出来るまでのわずかな時間すらもじっとはしていられない。どこで覚えたのか「バリカタ!」と連呼しながら、一分半ぐらいで蓋を開けてはガツガツガツ。あとお仏壇にまんじゅうが供えてあったら、これを盗み食いするもので、祖母の葵に見つかるたびによく追いかけ回されていた。
 寝ているときですらも、じっとはしていない。ひどい寝相で蒲団の上でぐるぐる暴れまわる。旅行なんぞのときには、誰が芽衣の隣で寝るかで、ずいぶんとモメたものである。
 唯一、おとなしくなるのは、テレビでお気に入りのアニメが放送されているときぐらいであったか。 

 幼少期の芽衣はティーシャツに短パン、裸足といういでたちにて、野山を駆け回るワイルドなお子さまだった。
 というか、ほとんど野生のサルと変わらない。
 そんな芽衣の身なりも、心身の成長にあわせて変化していく。
 途中からはオシャレに目覚めて、学校の体操服やらジャージ姿になった。

 こと服装に関しては、祖母の葵ばあさんは「動きやすくていいじゃないか」派だし、その連れ合いの先代は「好きにさせておけ」と放任主義。父親の秋生さんは君子危うきに近寄らず。唯一、母親の梨歩さんだけはがんばっていたけれども、じきに自分の娘のあまりのダメっぷりを目の当たりにして、ついに匙を投げた。
 洲本家は終始がこんな感じである。
 では周囲に目を向けてみれば、どうであったのかというと……。
 芽衣の幼馴染みである榎列一樹えなみかずきは漁師の息子にて、芽衣とどっこいどっこい。いまでこそ精悍な海の青年っぽいが、かつては半ズボンからごま団子をポロリしては、ケラケラ笑っているような阿呆であった。
 まともだったのは、同じく幼馴染みである倭文弥生しとおりやよいぐらい。それとてもサスペンダー付きのジーンズというボーイッシュな格好であったが。
 もっとも弥生の場合は、心身の成長にあわせてぐっと女の子らしくなって、いまでは周囲の野郎どもがそわそわするような美少女に育っているけれども。

 やれやれである。同じような環境下で育ったというのに、いったいどこで差がついたのやら。
 ひょっとしたらお供え物に手つけたバチが当たったのかもしれない。

  ◇

 基準とするモノサシが、とんだポンコツ!
 しばしの回想にて現実逃避がてら、おれは己の認識不足をおおいに反省する。

「身支度ひとつとっても、これほどかかるのか……。世のパパさん連中、みんな身を削ってお姫さまの面倒をみていたんだな」

 瑪瑙さんから渡されたレシートと引き換えに、財布の中から札がごっそり消えた。
 いや、嘘です。もとからごっそり入ってなかったもので、スカスカがよりスカスカになっただけのこと。
 予想外の出費におれは内心で頭を抱えつつも、繋いだ小さな手の温もりを意識すると、とたんに「しゃーねえなぁ」と気にならなくなるから不思議なもの。

 銭湯を出たおれたちは仲良く連れ立ち、ふたたび肉祭の会場である淀川の河川敷へと向かう。


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