おじろよんぱく、何者?

月芝

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804 目覚める父性?

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 油断した。
 いい感じにのぼせたところで、ふらふら浴場をあとにしようとしたら、ドンッ!
 横合いからぶつかってきた小さな影。
 諸手刈り、ラグビーでいうところのタックルを喰らって、おれがよろめきドボンと落ちた先は電気風呂。
 やったのは望だ。幼くともそこは男の子、やられっ放しでは引き下がれない。
 近頃、姉のタエちゃんにお願いして武術の訓練を始めたという小学二年生。大人と子ども、歴然とした体格差を覆すべく、下半身を重点に攻める。
 足場が滑りやすい濡れたタイルということもあって、おれは踏ん張れず。
 こちらの気の緩みや体調のみならず、地の利をも計算に入れた不意打ち。タイミングも完璧。
 水風呂に叩き込んでから、ずいぶんとおとなしくなったとおもっていたら、虎視眈々とリベンジの機会をうかがっていたようだ。
 さすがは優等生、いろいろとよく練られている。
 だが計算外がふたつあった。

 ひとつは勢いがつきすぎて、おれのみならず望もいっしょに電気風呂に転がり落ちたこと。
 いまひとつは、ここの電気風呂が屈強な野郎ですらもが、悲鳴をあげて逃げ出すほどに激烈ビリビリだったこと。
 おかげでふたりそろって「あばばばばば」と悶絶、ばしゃばしゃするハメに……。

  ◇

 おれたちはちょっとはしゃぎすぎたらしい。
 常連客であろうお年寄りから「やかましい! このすっとこどっこいっ」と一喝され、騒ぎを聞きつけて顔を出した番台の女将さんからも、たらふくお小言を頂戴した。
 おかげですっかり湯冷めした、ぶるる。
 どうにも居づらくなったおれたちは、早々に着替えをすませて表へと。

 しかし女性陣が待てど暮らせど、いっこうに出てこない。

「遅いな」
「遅いですね。かれこれ三十分ぐらい待ってますよ」

 いろいろあって和解したおれと望は、風呂上りの飲み物片手に待ちぼうけ。

「まぁ、これも銭湯あるあるだな」
「女の人の支度に時間がかかるとは聞いていたんですけど、これほどとは……」
「? 望の姉ちゃんだってあんな髪型なんだから、毎朝セットするのに時間がかかるだろう。母ちゃんだって化粧とかするだろうし」
「あー、うちの女性陣はさばさばしていますから。姉さんは手慣れたもので、せいぜい十分もあれば……、お母さんにいたっては出がけにちゃちゃっとすませちゃいますから」

 おれは「へえ」と感心する。
 金髪リーゼントを仕上げるのに十分とは、かなり速いのではなかろうか?
 おれは寝ぐせ頭に、ちょちょっと水をつけて撫でつける程度なもので。

「にしても遅いな」
「……ですね。だからといって、催促する勇気はありませんけど」
「懸命な判断だな」
「ええ、以前にお父さんがお母さんにこっぴどくやられている場面を目撃したことがありますから」

 望の話を聞く限り、白妙家はカカア天下のようである。
 あいにくとご両親との面識はないが、子どもたちの様子からして、いいご家庭のようだ。

  ◇

 まさか一時間も待たされるとはおもわなかった。

「お待たせしました」

 先に出てきてぺこりと会釈したのは、デキるシカメイドの宇陀小路瑪瑙。
 じつは伯魅の着替えを購入を頼んでいたのだが、それを届けがてら身支度も手伝ってくれたらしい。

「パパ!」

 銭湯の暖簾の奥から飛び出してきたのは、腰のうしろに大きなリボンをあしらった、青の地に白玉のワンピース姿の幼女。長かった髪を巻き上げ、丁寧にお団子に結わえてある。

「おや、驚いた。どこのお姫さまかとおもったよ。ずいぶんと可愛らしくしてもらったなぁ」

 おれが褒めると、もじもじ照れる伯魅。とても愛らしい仕草である。これまでおれは世の娘自慢の親バカどもを、内心で小馬鹿にしていたものであるが、いまならばその気持ちがよくわかる。うん。これは馬鹿になる。「うちの子が一番可愛い!」と叫びたくなるね。
 まったくもって、これがあのおっかない桜花朱魅の実の娘とは信じられん。
 なんぞとおれが目覚めかけの父性に戸惑っていると、隣でカランと音がした。

 見れば望が手にしていた缶ジュースを取り落としたままで、固まっている。その目線が釘付けとなっていたのは、あとから出てきたもう一人のお姫さま。
 いっしょに銭湯にやってきていた瀬尾愛。こちらの髪型はもとがショートボブなのでいじりようがなさそうだが、さにあらず。
 スッキリさわやかな、シンプルなショートボブであったそれが、いまは全体に軽いウエーブがかかっており、一つ結びのローポニーの追加アレンジが施されている。エレガントさと快活さが絶妙なバランスで同居し、おしゃまな印象を受ける仕上がり。

 超一流のメイドの手にかかると、女の子はこうも変わるものなのか。
 おれはほとほと感服する。
 おそるべし、宇陀小路瑪瑙。

 だがしかし、おれがもっともドギマギしたのは、最後に出てきたトラ美であった。
 大柄にて荒事師として勇名を馳せる彼女。いつも男勝りな格好をしているから、つい忘れがちになるが、素はかなりレベルが高い。相応に着飾れば外国人モデルのように華やかさを持つべっぴんさん。
 湯上りの大人の女性が持つ破壊力足るや、目のやり場に困るほど。

 だがぽーっとしていられた時間はあまり長くはなかった。
 すすすと近寄ってきた瑪瑙さんが耳打ち。

「伯魅さまの御髪はあえてあのようにさせていただきました。小さいながらも突起物がみられましたもので。あとこちらを」

 お団子頭の理由は角を隠すため。まだ小さいのでほとんど見た目にもわからないものの、念のための用心らしい。幼いゆえか角の出し入れはまだ自在とはいかぬようだ。
 でもって渡されたレシートは、伯魅の着替え一式分のもの。
 その合計金額におれは「んぐっ」とおもわず二度見した。


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