おじろよんぱく、何者?

月芝

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803 かっぽーん

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 ご家庭にお風呂が普及するのにあわせて、町からどんどんと銭湯の煙突が消えているという。
 きつい仕事のうえに実入りは少なく、大手資本によるスーパー銭湯の台頭、後継者不足に加えて世界情勢により乱高下する燃料費も悩みの種。
 が、一方で根強いファンたちに下支えされて、ちゃっかり生き残っているところもある。
 ばかりか一周まわって、若者には昨今のレトロブームとやらでたいそうモテはやされて、お年寄り連中からは「やっぱり大きなお風呂が気持ちがいいねえ」「裸のつき合いもおつなもんだよ」なんぞと懐かしがられており、じわりじわりと客数がのびているんだと。

 かっぽーん。

 銭湯ではお馴染みの音に耳を傾けつつ、おれは手足をのばし肩まで湯舟につかっている。
 隣では望くんが頭にタオルをのせて「ふぃー」歳に似合わないおっさん臭い吐息を漏らしている。
 昼過ぎということもあり、男湯はほとんど貸し切り状態。
 一方で女湯からはキャッキャと賑やかなはしゃぎ声。

「滑って転ぶとあぶないから、走り回るなよー。あとトラ美お姉さんの言うこと、ちゃんと聞けよー」と間仕切りの壁越しに注意をすれば、「わかったー、パパー」といい返事。
 しかしいいのは返事だけで、あいからず女湯はキャッキャと賑やかだ。
 おれは心の中で面倒を見てくれているトラ美に手を合わす。

  ◇

 ほんのニ十分ばかり前のこと。

「焼肉パーティーを抜けて伯魅を銭湯に連れて行く」

 果汁まみれの鬼っ子を見かねておれが言い出せば、「はい、わたしも行きたいです」と手をあげたのは瀬尾愛。マンガやアニメなどではちらほら登場する銭湯なる施設。幼女は前々からちょっと憧れていたんだとか。
 すると当然ながら愛ちゃんにほの字である白妙望も「ぼくも!」とあわてて挙手した。
 まぁ、おれとしては二人も三人もかわらないので、べつに連れて行くことはやぶさかではない。
 だが、ここでちょいと物言いが入った。

「連れて行くのはかまいませんけど、入浴はどうなされるおつもりですか?」

 疑問を口にしたのはデキるシカメイドの宇陀小路瑪瑙。
 子どもがまだ小さい時分には、男湯女湯の垣根を越えて親と同じ方に入ることも、ままある。とはいえ母親が男の子を連れて女湯に入るのと、父親が女の子を連れて男湯に入るのとでは、微妙にニュアンスが異なってくる。ましてやそれが、親戚でもない知り合いのおっさんとなると、一歩間違えれば通報されかねない危険性を孕む。いくら当人らが平気だとて周囲の捉え方が違うことも……。
 とのどつまり「コンプライアンス的にどうよ?」というのが、瑪瑙さんが言いたいこと。

「アウト!」
「アウトですね」
「アウトだろう」
「わたしだったらイヤかな」
「う~ん、微妙なところだなあ」
「小学二年生かぁ……そろそろアウトかな」
「男の子に比べて女の子は早熟ですから」

 肉祭参加者らはこぞって反対を表明。
 となれば女湯に同行してくれる者が必要となるわけで、それに名乗りをあげてくれたのがトラ美であった。

  ◇

 望は歳のわりに達観しており、落ち着いているから、手がかからない。
 よって男湯の引率はとってもらくちん。
 だがふたりの女児を預かる女湯側はそうはいかない。
 終始聞こえてくる、子どもらのはしゃぎ声と、それに振り回されているトラ美の奮闘ぶりが、壁越しにひしひしと伝わってくる。
 そのことをおれが申し訳なく思っていると、隣にいる望が半目にてじとーっとこっちを見ながら言った。

「いい加減、覚悟を決めたらどうですか? じれったいったらありゃしない」
「ぐぬっ! 大人にはいろいろと複雑な事情があるんだよ。そういうおまえはどうなんだ? 愛ちゃんとの仲、ちっとも進展していないじゃないか」
「ふっふっふっ、ご心配なく。十ヶ年計画にて、年単位で着々と外堀を埋めているところですから」
「年単位で攻略って、おまえ、マジかよ……」

 おっさん探偵、小学二年生の男子に言いこめられて、湯に顔を沈めてぷくぷくぷく。
 無理せず、無駄なく、ふたりのメモリアルを重ねつつ、邪魔者や障害はすみやかに排除し、なおかつ将来設計に過不足がないように己および周辺の整備も欠かさない。逃がす気なんぞはさらさらなし。
 さらりととんでもないことを口にする白妙望。
 なんという執着……。まともそうに見えて、やはり望もヘビ族であったか!
 おののきつつも、おれは生意気な望のカラダをひょいと持ち上げ、隣の水風呂にドボンと放り込んでやったもんで、望は「きゃーっ」
 大人げないおっさんからマセガキに対する、ちょっとした意趣返し。
 男湯に可愛いらしい悲鳴が木霊する。


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