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802 鬼の生態
しおりを挟む鬼とは何か?
そう問われれば「鬼だ」としか答えようがない。
妖の類とひとくくりにするのは簡単。だが一族として成り立っている以上、鬼という生き物とするのが妥当。
人間や動物とは異なる第三の種族。
が、ふだんはツノを引っ込めて人間のふりをして暮らしている。
そういった意味では、おれたち化け術を用いる動物らと同じ穴のムジナ。
鬼には、赤、青、黄、緑、黒、白、の六つの種族があり、これを統べるのは唯一無二の白鬼にして、絶対女王である七宝院白瑠璃。
鬼は完全なる女系一族である。
その在り方は蟻や蜂にとてもよく似ている。
六つの種族のうち五つの種族の長が雌型にて、雄型は黒のみ。そんな黒鬼は白鬼と同じく単一個体にして、その役割りは白鬼の補佐と守護および、他の鬼らの統括である。
ちとややこしいが、ようは会社の社長および管理職の九割がたが女性によって占められており、男性の管理職は残り一割のみといった状態を想像するとわかりやすいだろう。
その他大勢の雄型の鬼は働き蜂に過ぎない。使い潰されるだけの駒。ひたすら雌型の鬼に命じられるままに奉仕する。そういう存在として産まれ、そういう存在として生き、そういう存在として死んでいく。
ゆえに雄型の鬼には生物の雄に備わっているはずのアレがない。生殖機能はなく一代限りで消えてゆく。
一方で雌型の鬼は単為生殖にて仲間を増やす。
しかしどうやって増やしているのかまではわからない。
人間や獣の肉と自分の血肉をこねくりまわし、新たな鬼を造り出すなんて話もあるが……。
真実は「桃」である。
必要に応じて族長らは手のひらから、ぽんと桃を産み出す。
もちろんただの桃じゃない。自分たちのチカラと血肉を分け与えたシロモノ。
そこから「おんぎゃあ」と生まれるのが鬼たち。
でもって、そんな桃の中でも特別なのが、族長が自分の後継として産み出す特大のやつ。
世間一般的には娘にあたり、鬼的には分身もしくは分体というべき存在、次世代を担う特別な個体である。
◇
「まさか、それが桃からだったなんて……」
赤鬼の族長である桜花朱魅から電話越しに告げられた衝撃の真実に、おれは愕然とす。
いまここに明らかとなる鬼の生態の数々!
「……って、いや、ちょっと待て! だったらなんでおれが『パパ』になるんだよ?」
十日前に生まれたばかりとか、いろいろと突っ込みどころが多い桜花朱魅の独白。
だがとりあえず一番に気になるところを、おれは追及する。
なぜなら雌型の鬼は単為生殖にて仲間を増やすのだから。
それすなわち精子を提供する相手が不要だということ。
男、いらないじゃん!
「あー、それかぁ。いやぁ、悪い悪い。ちょうど尾白くんの近況についてまとめた報告書に目を通しているときに、むらむらっと産気づいたもんで、つい」
とどのつまりは、とんだとばっちり! 想像妊娠みたいなもの!
これが人間や他の動物であれば、人騒がせの笑い話ですむのだが、それが鬼となればそうはいかない。
人材コレクターとの異名を持つ桜花朱魅が欲してやまない人材、百化けの尾白。
執着の果て、ある種の邪恋の産物にて生を受け、産まれながらに次期赤鬼の族長となることが運命づけられた子。
母朱魅は自分と父の名前から一文字ずつとって「伯魅」と名づけられる。
で、生まれてわずか十日ばかりで幼女という年恰好にまでスクスク育ったところで、愛娘は母朱魅に円らな瞳をうるませながらたずねた。
「パパどこ?」
問われた母朱魅は愛娘に正直に答えた。
「あなたのパパはねえ。高月というところで探偵をしているのよ。そしてものすごい変態さんなの」
いささか語弊があるので説明しておくと、この場合の変態さんは「化けるのがとってもお上手」という誉め言葉であって、けっして「性癖もろもろがアブノーマルの困ったさん」という意味ではない。
するとこれを聞いた伯魅は、とたんに目を輝かせた。
そして母親譲りのアグレッシブな愛娘は、「ちょっとあいにいってくる」といきなり飛び出した。
母親譲りのハイスペックな娘は、この時点ですでにいくつもの特殊能力を身につけていた。
そのうちの一つが「大桃宅急便」なる技能である。
これは大きな桃に身を委ねているうちに、オートパイロットにて目的地および目的対象へと辿りつけるという超優れもの。
雨風雪もなんのその、びゅーんと陸海空を突き進む大桃。
欠点は座席が狭いことと、乗り降りするたびに果汁でべちゃべちゃになること。
べちゃべちゃな娘に抱き着かれているので、おれもべちゃべちゃ。
人間や動物の感覚では、当然ながらパパじゃない。
でも鬼の感覚では、パパなのである。
あらためて思い知らされる種族間ギャップ!
どうしたらいいのかわらかずに、おれが呆然としていると電話口でママが言った。
「まぁ、あんまり深く考えなくていいから。べつに認知しろとか、籍を入れろだなんて無茶は言わない。そのかわりと言っちゃあなんだか、せっかくだから、しばらく子守りを頼む。伯魅をそっちに置いてやってくれ。いまちょっと仕事が立て込んでいて迎えに行けそうにないんだ」
「えっ! いきなりそんなこと言われても」
「じゃあ、頼んだよ」
一方的に言うだけ言うと電話を切った桜花朱魅。
いきなり娘を押しつけられたおれは「えー」と唇を尖らしつつも、とりあえずジャケットを脱いで、裸の伯魅の身にかけてやりつつ、「とりあえず銭湯にでも連れて行くか」
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