おじろよんぱく、何者?

月芝

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798 肉祭

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 週末のお昼時。
 ところは高月の地、最南端をかすめるようにして流れている、琵琶湖から始まる一級河川、淀川(よどがわ)の河川敷。
 じゅうじゅうとあがる白煙、これを挟みにらみ合うのは、おれこと尾白四伯とカラス女の安倍野京香。ただいま河原でバーベキューの真っ最中。
 主催は奈良はシカの王国きっての名門、鹿島家の紗月お嬢さま。
 迫る獣王武闘会の壮行会として、肉祭を開催してくださった。
 なおセッティングはの一切合切は、鹿島家の超出来るメイドである宇陀小路瑪瑙さんが、ちゃちゃっとやってくれた。
 おかげで参加者らは、ひたすら喰らうのみとなるはずであったのだが……。

「なんで人が大切に育てた肉ばかりをとるんだよ? 他にもあるんだからあっち行けっ!」

 おれはグルルルと威嚇するも、カラス女はそれを「へっ」と鼻で笑う。

「わかってねえなぁ、四伯。これはカラスの習性みたいなものなのさ。それに人が丹精こめて育てた肉を横からひょいとかっさらうのが、バーベキューの醍醐味なんじゃねえか」

 歪んだ欲望と間違った認識。それを臆面もなく披露するカラス女が、さりげなく箸をのばしてきたもので、おれはすかさずブロック。
 だがカラス女は諦めない。なおも執拗に箸をのばしてくる。その様は獲物にクチバシを立てるハゲタカのごとし。

 カラス女のアタック、おれはすかさずブロック。
 カラス女の再アタック、これもおれはガードでしのぐ。
 カラス女の連続アタック、おれは懸命にブロック、ブロック、ブロック。
 ときにがっつり組み合っての鍔迫り合い。
 さなかにカラス女が「あっ、向こうにお胸がたゆんたゆんな、セクシーミニスカポリスがいる」という虚言を弄すも、おれは惑わされない。

「ウソつけ! 高月警察にそんな素敵なお姉さまなんぞいるもんかっ」

 バーベキューコンロというリングの上で、激しくぶつかり合う二膳の割りばし。
 マナー講師が見れば卒倒しそうな光景。
 だがいまは目をつむって欲しい。
 なぜなら網の上で焼かれている肉は絶えず火にさらされており、刻一刻と変貌を遂げつつあるのだから。ぐずぐずしていたら、炭化してしまう。いかに上等な肉とて、食べ頃を過ぎればスーパーの値引き品にも劣る。
 だというのにである。
 度重なる攻防のせいでおれの手にしていた割り箸がぴしり、先に悲鳴をあげた。

「なっ! まさか肉を狙うのと同時に、こっちの武器破壊をも目論んでいたというのか?」
「ふふふ、いまさら気がついてももう遅い。肉はもらったーっ!」

 おれは愕然としつつも、すぐに新しい割り箸を用意すべく行動する。
 けれども急ぎ戦場に戻ったときには、すでにすべてが終わっていた。
 狩り尽くされた網の上には、あらたな生肉が投入されており、おれの取り皿には半コゲの野菜がこんもり。
 カラス女がにへらと厭らしい笑み。
 くっ、よもやの追い打ち。敗者をぺちぺち鞭打つ悪魔の所業。なんてヤツだ。完全にしてやられた……。

 いったん自分の皿に取り分けた品は、その皿の持ち主が責任を持って食べる。好き嫌いやお残しは許しません!
 それがバーベキューの暗黙のルール。
 例外はレバーなどのさすがに半生だとちょっと……というレアケースに限る。

 おれは、しぶしぶ野菜の山に向き合う。急ぎこいつらをやっつけなければ、ふたたび戦いの舞台に上がることさえもできやしない。
 くっきり明暗が分かれた両者。
 悔しげに表面が焦げたピーマンをかじる探偵。

「ちっ、そもそもの話、焼き肉に野菜なんていらねえんだよ。お肉ばかりじゃカラダに悪いからとか、そんなおためごかしなんぞは世迷言だ」

 敗者の愚痴を聞き流しながら、美味そうに肉を堪能する不良刑事。

「もぐもぐ、同感だな。ただしトウモロコシだけは許してやってもいい」

  ◇

 仲がいいのか悪いのか。
 終始、こんな調子の探偵と不良刑事。
 見かねて別のバーベキューコンロを囲んでいたトラ美が、自分がじっくり育てた厚切りのブロック肉を切り分けて尾白に差し出そうとするも、「だめよ、もぐもぐ」とこれを止めたのは芽衣。

「その優しさが戦火をいたずらに拡大させるの。四伯おじさんの覚悟を、尊い犠牲を無駄にしてはいけない」

 キリリっと真顔にてシレっとそんなことをのたまうタヌキ娘。
 もちろんデマカセである。本心は「巻き込まれるのなんてまっぴらごめん、絶対にイヤっ!」である。
 なのにまんまと化かされて丸め込まれたトラ美。

「そうだったのか……。あたいはてっきり単に食い意地が張っているだけなのかと。ごめん、悪かったよ。危うく男の覚悟を踏みにじるところだった」

 反省し殊勝な態度をみせるトラ美に、タヌキ娘はほくそ笑みつつ、ローストビーフ風に切り分けられたトラ美お手製の焼き肉に舌鼓を打つ。
 そんな芽衣とトラ美のやりとりを見ていたタエちゃんこと白妙幸と出灰桔梗が、そろってジト目にて。

「ぜったいに嘘だな」
「ええ、嘘ですね。あとそんな嘘に丸め込まれるトラ美さんが、私はちょっと心配です」

 するとそこへ「おーい」と手を振り駆け寄ってきたのは、ミワちゃんこと山崎美和子。
 今回のイベントは獣王武闘会の壮行会ではあるものの、表向きにはただのバーベキューパーティー。
 だから「ご家族友人知人を誘ってふるってご参加を」となっているもので、トラ美の妹の玲花や、ただの人間であるミワちゃんもこうして招待されていた。
 そんなミワちゃんは、やたらとよく食べる友人らとはちがって胃袋も一般人のそれに準拠しているもので、早々にお腹が膨れてしまった。
 だからいまはタエちゃんの弟の望くんと、そのガールフレンドである瀬尾愛らに付き添って、向こうの浅瀬で安全な水遊びに興じていたのだが。
 そんなミワちゃんが、息せき切って戻ってくるなり開口一番。

「なんか、でっかい桃が流れてきたっ!」

 とんちきな発言を受けて、一同はそろってきょとん。


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