おじろよんぱく、何者?

月芝

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795 呼び出し

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 これは亀松百貨店を騒がせていた怪異をどうにか解決した翌日のこと。
 おれこと尾白四伯の姿は高月東高校の正門前にあった。
 ちょうど下校時刻、校舎よりぞろぞろと吐き出されてくる制服姿の生徒たち。
 その流れに逆らうようにして探偵は進む。

  ◇

 今日の昼のこと。
 おれが給湯室にてカップ焼きそばの湯切りをしているとき、RRRと事務所の電話が鳴った。
 第一助手の芽衣は学校に行っており、第二助手のしらたきさんは花伝オーナーのところに借り出されている。
 だからいま事務所にはおれしかいない。
 無視するという選択もあったが、探偵業は不安定な水もの。けっこう波が激しい。閑古鳥どもがどこぞに飛んでいっているうちに、稼げるだけ稼いでおかないと。

「ちっ、しゃーねえなぁ」

 おれは湯切りを中断して、急ぎ受話器を取る。
 すると聞こえてきたのは綾ちゃん先生の声であった。

 綾ちゃん先生こと芝生綾(しぼあや)。
 芽衣が通っている高月東高校の国語教師。おっとり美人にてマドンナ的存在。学校の内外にて人気がある。
 しかしそれは仮初の姿……。
 実体は、我ら動物界にとっては最重要機密に該当する人物。
 最古の忍びの末裔にして、血にはすべての獣を使役し統べるチカラが宿るばかりか、精神の奥底にとてもおっかない「何か」を飼っている。
 と、まぁ、いろいろとんでもない女性なのだが当人の性格はいたって温厚。とっても生徒想いのいい先生。でもって、彼女自身は自分の先祖のことも、チカラのことも、同居している相手のことも知らなかったりする。
 どうやら綾ちゃん先生の精神に住まう「何か」は、彼女のことをとても大切にしているらしい。だから普段は表には出てこない。「何か」があらわれるのは宿主が危機的状況に追い込まれたときだけ。

 以前のおれは綾ちゃん先生からにじみ出るアニマルメロメロフェロモンに当てられて、面と向かってろくすっぽ会話もできないほどであった。
 だが幾多の厳しい試練を己に課し、どうにか一緒にお茶をして日常会話をこなすぐらいならば可能となっている。
 それでもやはり不意打ちだとドキドキしちゃう。
 あと対面よりも電話の方がヤバいかもしれない。なにせ耳元で甘く囁かれているようで、妙にうなじのあたりがゾワゾワしやがる。

 おれは声が不自然に上擦らないように注意しつつ、「はい、はい、わかりました。ではまたのちほど」と応対し受話器をそっと置く。
 用件は「保護者呼び出し」であった。
 さりとてまたぞろ芽衣が学校の花瓶やガラスを割ったとか、黒板を叩き割ったとか、教室の壁に穴を開けたとか、校長先生の愛車のボンネットや屋根をボコボコにしたとかいう話ではない。

 おれは天井を仰ぎ、おもいきり眉根を寄せる。
 くっ、うかつであった。
 昨日の今日で学校に行った芽衣。アフロの怪と壮絶な殴り合いをやったもので、顔がひどいあり様。ヘビの里での修行からの連チャンゆえに、カラダも包帯だらけ。そんなズタボロの姿で登校すれば、誰だって心配する。
 挙句に「ど、どうしたの? 洲本さん、それ……」と案ずる綾ちゃん先生に「いやぁ、ゆうべちょっと四伯おじさんとやらかしちゃって」なんぞと適当に答えたとあっては、ねえ。
 淡路島を単身飛び出した芽衣はひとり暮らし。うちで助手をしながら高校に通っていることは、周知の事実。
 そしてタヌキ娘は拳で語る修羅の道をひた走っているもので、ケガなんぞは日常茶飯事だ。

 いくら当人が「へっちゃらだい!」と言ったとて、周囲の大人たちは子どもの言葉を鵜呑みにしたりはしない。ましてや良識ある教育者であればなおのこと。
 悪い男に騙されて何か危ないことをやらされている。
 もしくは虐待やらドメスティックバイオレンスの線もあるかも。
 なんぞと胡乱がられているがゆえの、今回の「保護者呼び出し」である。

「いや、どちらかいうとタヌキ娘にボコられているのは、おれの方なんですけど」

 とはさすがに言えず。
 素直に応じるしかなかったという次第。やれやれである。
 そして湯切り途中で放り出したカップ焼きそばも、とても残念なことに……。

「ふやけたカップラーメンはそこそこ食べられるのに、こいつはダメだな。まずい」

 不満を零しつつ、おれはへろへろの焼きそばをモグモグ。


  ◇

 昇降口にて来客用のスリッパに履き替えて校舎内へ。
 ここには何度か足を運んでいるので、だいたいの構造はわかっている。
 職員室へと向かっていると、不意にガラリと音を立てて開いたのは、ちょうど通り過ぎようとしていた保健室のドア。
 いきなり中からのびてきた手。腕をむんずと掴まれたおれは「えっ!」
 あわてて振り払おうとするも、ビクともせず。
 成す術もなくそのまま引きずり込まれ、ドアがぴしゃりと閉じられてしまった。


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