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790 時をかけるアフロ
しおりを挟む中に何か得たいの知れないものがっ!
とっさにカノポスの壷の蓋を閉じた芽衣。
だがしかし、容器の震えは静まるどころか、よりいっそう激しくなるばかり。
カタカタ、コトコト、ガタガタ、ゴトゴトゴト、バタンバタン。
めちゃくちゃ暴れ出したもので、手に負えなくなった芽衣はいったん距離をとる。
するとついに蓋がはずれてしまう。
床に落ちてカンラカラカラと音を立てる蓋。
そして古の木の箱の奥より、もそりと姿をあらわしたのは……。
「うん? アフロ」
「アフロ……ですね」
蠢くは、もこもこした黒い羊の毛の塊のような物体。
予想外の正体に、おれと芽衣はそろってあんぐり、目が点になる。
古代エジプトの遺物の中にあったのは、アフロのかつら?
なんという新発見! 古代エジプトにアフロヘアーが存在していたっ?!
実際、そこんところどうなのよ。と王さまのミイラに訊ねたところ、「さぁ」と首をかしげられた。王妃さまのミイラも「じつは昔のことはあまりよく覚えてないの。なにせ頭の中もからっからだから」と自信なさげ。
いろいろ大事な記憶を悠久の刻の彼方に置き忘れて、どうでもいい自尊心だけを遥か未来に持ってきた使えないミイラたち。
頼りにならんと見切りをつけたおれは、ふたたびアフロへと向き合ったものの、そこで「うん?」と眉根を寄せる。
アフロといえば、たしか地下の食品売り場でも似たような事例が目撃されていたような……。
もしもこれが同一個体だとすると、おれの推理はまちがっていたことになる。
残り物を漁っていたのは忍び込んだ動物の仕業じゃなくて、この人毛の怪。
髪の毛の怪異譚はわりと定番。
「ひと旗あげて、成り上がってやるぜい」と故郷に女房を残して、ひとり都へのぼった夫。だが待てど暮らせどいつまでも帰ってこない。じっと待つばかりの妻。でもじつは夫は商売に成功して、都で新たな家族をつくってよろしくやっていた。
「女房とタタミは新しいほうがいいってな。がははは」
それを風の便りで知った妻は、夫の薄情を呪いつつ、嘆きの淵に沈むうちにひとり孤独に逝った。
とたんに死骸の長い髪の毛がざわざわ動きだして……とか。
人形の髪の毛に使用されていたのが人毛にて、いつのまにやらにょきにょきのびるなんてケースもある。
江戸時代には、通りすがりに人間の髪をばっさりする「髪切り」なる妖がいたという。現代でいうところの髪切り魔。
時代にもよるが、たいてい髪は女の命にて、とても大切にされてきた。
美人の必須条件に長い髪の良し悪しをあげている文明や国はことのほか多い。
しかし思い入れが強い分、情念が宿りやすい。
西洋では髪に魔力が宿るとされているそうな。
邪気と念の塊ゆえに藁人形に仕込んでの丑の刻参りも、とみに有名であろう。
あと某お笑芸人が、ファンから貰ったチョコレートを食べたら、中から女の髪の毛が……なんて都市伝説も。
で、問題のアフロである。
ぶっちゃけ意表を突かれたので、驚いた。
けど、それだけである。しょせんはアフロ、なにするものぞと掴みかかったのはタヌキ娘。とっとと捕獲して依頼完了とするつもりであったのだろう。だがここで予想外の事態が発生する。
迫ってきた腕をスルリとかわしたアフロ。おもむろに立ち上がったとおもったら、油断しきっていた芽衣の下アゴに強烈なアッパーカットをお見舞いする。
アフロ、会心の一撃!
ボクシング史に残すべき華麗かつ激烈な拳打に、おっさんの魂が震えた。
脳を揺らされ、目が泳いだ芽衣は「げふっ」がくりと膝から崩れ落ちる。だがアフロのターンはまだ終わらない。前のめりに倒れてきたところを、左のダイナマイトフックが襲いかかる。
横っ面をはたかれたタヌキ娘の身がくるくる宙を舞って、床にべちゃりと落ち、ぴくぴくぴく。
もこもこアフロ、超強えぇぇぇぇっ!!!
いったい何の冗談だ? あの芽衣がいくら油断していたとはいえ、こうも一方的にのされるだなんて……。あとヘビの里での修行うんぬんの話はどこへ行った!
よもやの芽衣、ダウン。
そんなアフロが「次はおまえだ」といわんばかりに、こちらへと近づいてくる。
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