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783 五階の怪
しおりを挟む五階催事場では現在『古代エジプト展』なるイベントが開催されている。
「本物のミイラがやってきた!」が宣伝文句。
前回の『世界ハイヒール展』での大成功にすっかり味をしめ、なおかつライバルである兎梅デパートが行った『超古代展』に対抗するためのこの企画。
一見するとキャッチーな言葉。だがよくよく深読みしてみれば、その裏にある真意が透けて見えてくる。キーワードは「本物」という単語である。なにげに頭につけられているが、やたらと強調しているコレ。これって逆に考えたら、それ以外は……。
第3中間期のアメンヘテプの内棺(レプリカ)、後期王朝時代のホルの外棺(レプリカ)、ハトの棺(レプリカ)、たぶん王さまのミイラ(本物)、たぶんお妃さまのミイラ(本物)、マヤとメリトの彫像(レプリカ)、古代エジプトの最高神アメンとイシスを祀るタフェー神殿を模したセット(レプリカ)、死者の書の巨大石板(レプリカ)、パピルスの古文書(レプリカ)、どこぞのピラミッドの石(本物)、スカラベの装飾品(レプリカ)、ツタンカーメンの黄金マスク(レプリカ)、ネコの彫像(レプリカ)、スフィンクスとピラミッドのミニチュア(レゴブロック製)、首から上がもげた王の倚像(レプリカ)、新王国時代のパゲルゲルのナオス形石碑(レプリカ)、王の書記パウティのピラミディオン(レプリカ)、先王朝時代のワニの描かれた椀(レプリカ)、ネフェルエンクフの偽扉上部(レプリカ)、クウと家族の供養碑(レプリカ)、パマアエフの碑(レプリカ)、グレコ・ローマン時代のイシスの像(レプリカ)、トト神の像(レプリカ)、身代わりの人形シャブティ(レプリカ)、多色ガラス壺(レプリカ)、ジェド柱の護符(レプリカ)、ビーズの首飾り(レプリカ)、ミイラ作りの道具(レプリカ)、死者の内臓を納めた木箱(本物らしい?)……。
屋上での怪異をサクっと片付けた、ドーベルマンカマこと千祭史郎が率いる桜花探偵事務所高月支店チーム。
次なる怪異を解決するために五階催事場へと。
そしてざっと会場に目を通してから、千祭史郎は文句たらたら。
「なによこれ……、レプリカばっかりじゃない! これじゃあとんだ看板倒れだわ。『古代エジプト偽展』と改めるべきよ」
ボスの言葉に部下たちも「そうだそうだ」「さすがにこれはちょっと」「むしろこれだけレプリカをかき集めたことを評価すべきでは?」「しかしそれで入場料大人三千円は高すぎる」と口々に意見を述べる。
だからとて、企画をした亀松百貨店を責めるのは酷というもの。
昨今、所有権を巡ってのいざこざや、国宝にて守ろうとする気運の高まり、返還請求などが立て込んでおり、いろいろあって古代エジプト関連の品は、国外に持ち出すのがちとむずかしいのだ。
彼の国とよほどの太いパイプでも持っていないかぎりは、レンタルするのもままならぬ。
よしんば借りられることになっても、法外な金額を吹っかけられたりもする。事情につけ込む仲介ブローカーみたいなのも存在し、いざ契約を結んで手付金を払ったものの、肝心な品がいつまで待っても届かないなんていう詐欺もある。
そんな状況下にあって、コネも伝手も資金も熱意も知識も微妙な亀松百貨店のイベント企画室の面々はよくがんばった。
なにせ本物のミイラを二体も誘致することに成功したのだから。
ただ惜しむらくは、その苦労に見合うだけの成果と賞賛が得られなかったこと。
いかに困難なミッションをやりとげたのかということを知るのは、裏事情に詳しい玄人やらマニアのみ。
世間一般の反応はおおむね千祭史郎と同じである。
大コケしたイベント会場を巡りつつ、怪異を探す桜花探偵事務所高月支店チーム。
ここでの怪異は「激しくののしり合う男女の声」というもの。
耳にした者の証言によると「恋人同士の痴話げんかというよりかは、どちらかというと夫婦げんかみたいに聞こえた」とのこと。
怪異は男女のペア。
となれば、おのずと候補は限られてくるわけで……。
あちこちぶらついた挙句に、千祭史郎たちの足が止まったのは、ミイラのところ。
当会場において数少ない本物の展示物。
木棺(レプリカ)に納められた形で、仲良く並ぶ二体のミイラ。
どちらも包帯ぐるぐるのミイラ男とミイラ女なので、たいしてちがいがわからない
「死んでからまで見世物にされて、金儲けの道具に使われるだなんて。しかもしわくちゃなのよ。あぁ、いやだいやだ。私ならとても耐えられないわ」
ぶるると肩を震わせるドーベルマンカマ。
部下たちも「無難に火葬一択だな」とうんうん。
するとそんな彼らの目の前で、ミイラたちの身体がびくりとして、むくりと起きた。
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