おじろよんぱく、何者?

月芝

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765 ショタコンとブラコン

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 玄関の上がり框にて、にらみ合うふたり。

「なんで望くんを連れてこないのよ。あいかわらず気の利かない女ね」

 若いバカップルの女が着ているような上下のスエット姿、茶髪のセミロング娘が眉尻をあげ「ちっ」と舌打ち。

「うっせー、てめえの視界に入っただけで、うちの大切な弟の魂が穢れる。あと気安く名前も呼ぶな」

 金髪リーゼントのヤンキーヘビ娘のタエちゃんが、見おろしてくる相手をねめつけて、やはり「ちっ」と舌打ち。

 玄関先で「ちっちち、ちっちち」盛大な舌打ち合戦がはじまった。
 とんだ出迎えを受けて困惑している芽衣に、財部さんが苦笑いにて「あー、この子はねえ」とこっそり教えてくれたところによると……。

 田舎ヤンキーっぽい茶髪のセミロングさん。
 名前を阿伊佗佳(あんいたか)という。これでもヘビの里の長の孫娘。
 タエちゃんとの間柄は昔っからずっとこんな感じ。とにかくソリが合わないらしく、ことあるごとに対立してはいがみ合っている。どうやら似た者同士にて、いわゆるひとつの同族嫌悪?
 ちなみに阿伊佗佳が口にした「望くん」なる人物は、タエちゃんこと白妙幸の弟のことである。ケンカっ早い姉とはちがって、理性的で思慮深くとても落ちついた性格。学校の勉強もよくできる子で、末は博士か大臣か。でも見た目はまだまだランドセルと半ズボンが似合う小学生。
 そしてそんな望くんがいないことにガッカリしていることから、もうお分かりかもしれないが、阿伊佗佳はショタコンである。
 わりとガチで望くんのことを狙っている。
 この前の親族の集まりのときには、入浴時にお風呂場に「のーぞーむーくーん、お姉ちゃんが背中を流してあげる」とか言ってバスタオル一丁で突撃するぐらいにはガチだ。
 さいわいそのときは未遂で済んだものの、他にも似たような前科ありまくりにて、訴えられたらたぶん負ける。

 対するタエちゃんは弟を溺愛している。
 それはもう目の中にいれても痛くないほどにデレデレ。スマートフォンの中の画像の九割が弟くん。待ち受け画面はもちろん弟とのツーショット。
 なにかと忙しい両親にかわってずっと面倒を見てきた。その感覚はプリンスメーカー、もしくは逆光源氏のごとし。
 まぁ、それでもさすがに肉親に手を出すほどにまではとち狂ってはおらず、畜生道に堕ちていない。
 けど、将来的には小姑になる気まんまんである。
 そういった意味では望くんの未来は前途多難であろう。
 というわけで、タエちゃんは超がつくブラコンである。

 ぴりぴりと張りつめる空気。
 なんという緊張感。
 ショタコン対ブラコンがにらみ合う姿は、さながら宿敵同士が出会ったかのよう。

「なんていうか……。執着がすごい。ヘビの女の人って、みんなこんな感じなの?」

 呆れる芽衣。

「まぁ、ヘビといえば昔っから情けが深いと相場が決まっているからねえ」

 とは財部さん。
 櫛名田比売(くしなだひめ)と八岐大蛇、道成寺の清姫、人の男との間に子を成したヘビ女房、雨月物語の蛇性の淫などなど。
 魅入ったり、魅入られたり、ヘビの深情けにハマって道を誤った者は数多。

「……あれ? でも望くんってたしか」

 白妙望くん、絶賛、クラスメイトの瀬尾愛ちゃんに片想い中。
 なんとか振り向いてもらおうと自分を磨きつつアピールしているが、いまのところ成果は微妙にて、まだまだいいお友達といったところ。
 ふとそのことを思い出した芽衣。
 姉であるタエちゃんは、当然ながらそのことを知っている。そして瀬尾愛のことを少なからず認めている節がある。
 だがこの様子からして阿伊佗佳は、とっくに望くんの心が他の女性に奪われていることを知らないのではなかろうか?
 だったらそのことを教えてやれば、問題が解決しそうなのだけれども。

「あー、それは止めた方がいいかも。ヘビって嫉妬も激烈だから。可愛さあまって憎さ百倍とかしゃれにならないもの。それにそのお相手の女の子って、ただのヒトなんだろう? だったら余計にやばい。伊佗佳ちゃん、これでも百巳に選出されているから」

 財部さんに黙っていたほうが世のため人のためといわれて、芽衣も納得。
 愛ちゃんがショタコン狂いに襲われたらたいへん!
 なお百巳(ひゃくみ)とは、ヘビ族の精鋭のこと。
 彼らに伝わる武「累(かさね)」の門下生らで構成されており、一巳から百巳までいるそうな。

 財部さんはちょいと芽衣の袖を引っ張り、端っこへ。

「このふたりは放っておこう」と言って、さっさとサンダルを脱ぐもので、芽衣もそれに倣って「じゃあ、お邪魔しまーす」と先に屋敷にあがった。


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