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764 環境
しおりを挟む上から見ると、まるでしゅるしゅる地を這うヘビのように縦長な地形をした集落。
緑豊かな山間部ののどかな風景。その中に点在する近代建築の家たち。
そのせいか高級別荘地のように見えなくもない。
極めつけは村の中央付近にあるコンビニエンスストア。
最寄りの駅前からこっちにくるまでの道筋には、店どころか自動販売機のひとつもなかったというのに……。
「なんでこんなところに? 見たことないマーク。いわゆる地方のローカルコンビニなのかしらん」
ぽつんと一軒だけの店舗。
不思議がる芽衣。
「あぁ、あれは村営のコンビニだよ。ほら、買い物難民とかがニュースで話題になってただろう。あれ対策だよ。買い物ができるところがないと不便だからって、おばばさまが作ったんだ。ちなみに通販での商品のやり取りも一手に引き受けてるんだ。店舗受け取りにしたら送料タダなんだぜ」
それどころかなにかと不自由だからと、ネット環境やら携帯電話の電波状況も整え、集落内ではフリーWifiも完備されているそう。
タエちゃんから教えてもらって、実際に自分のスマートフォンを取り出し画面で確認してみると、たしかにアンテナマークがきちんと三本立っているし、Wifiのマークも表示されていた。しかも通信状況が最良の状態で!
「うそっ、街中にあるうちの事務所でもたまに電波が悪くなるのに」
「いや、芽衣……、おまえのところはたぶんちがう。電波うんぬんの問題じゃなくて、へんなオマケがいろいろあるせいだろう」
尾白探偵事務所が入っている雑居ビルのある土地は、なにか怪しい雰囲気がぷんぷん。
全体が陰気でじめっとしており、せっかくリフォームしてもたちまちくすむガッカリ具合。
誰もいないはずの五階の空き部屋からはちょくちょく異音がする。借り手がちっとも見つからない。ようやく決まってもすぐに逃げ出す。
白い腕の怪異が建物内をにょろにょろしている。
廊下の蛍光灯がやたらと切れがち。
怪本どもがゴキブリみたいにカサコソそこいらを徘徊。
根性なしのエレベーターがしょっちゅう止まる。
階段を歩いていると、ときおり足音がついてくる。
一階はよくわからない仏具屋で店先に胡散臭い像を飾っており、二階のスナックでは化石タヌキが夜な夜な酒焼け声にてカラオケで「ぼえ~」と吠えての乱痴気騒ぎ。三階はよくわからない。貿易会社のプレートを掲げているが、たぶんダミー会社。
あとときおりハトやらカラスが、やたらと屋上の共有スペースに群がっているときがある。
極めつけは、怪奇探偵と名を馳せている尾白四伯の存在。
いくつかそれっぽい案件に関わったのが運の尽き。気づいたら周囲からそう呼ばれるようになっており、あちこちから送りつけられてくる心霊写真の束やら不気味な人形とか。いわくつきの品がわんさか届くもので、片づけがとってもたいへん。捨てても捨ててもきりがないので、市指定の事業所用のゴミ袋代がばかにならない。
あらためて指折り数えてみるとヒドイ就労環境。
芽衣がショックを受けているうちにも、彼女たちを乗せた軽トラックは信号機ひとつない道をゆるゆる進み、ヘビの里を奥へ奥へと。
◇
集落を突っ切るように進んだ先にて、ででんと構える白塗りの壁に囲まれた邸宅。
ここがヘビの里の長の家。
まるで大名屋敷みたいにて、立派な門を見上げながら「儲かってるなぁ」とつぶやかずにはいられない芽衣。「だよなぁ」とタエちゃんも隣でウンウン。
そんなふたりをよそに、ここまで案内してきた財部さんが、門に設置されてある防犯カメラに向かってにこやかに手を振る。
とたんにガチャンと音がして、ゆっくりと動きだす門扉。
脇にある通用門の方ではなくて正門の大扉が開く。
それすなわち家主が客の来訪を正式に歓迎してくれているという証。
おずおずと大門を潜れば、白い玉砂利が敷き詰められた広い前庭がおめみえ。大型バスが軽く二十台は停められそうな広さ。年賀の時とかで一族が勢ぞろいするときには、臨時の駐車場となって、来客のクルマで埋まるという。
その先の屋敷は贅を凝らした和風建築。
見た目は二時間サスペンスドラマに登場する、お茶とかお華の家元とかの屋敷そのまんま。やんごとない一族にて、奥ではきっとドロドロした愛憎劇がくり広げられ……。
「てねえからな」
「あっ、ごめん。うっかり心の声が漏れちゃってたか」
タエちゃんにつっこまれてペロリと舌を出す芽衣。
するとタエちゃんもにやり。
「まぁ、オレもはじめて両親に連れられてきたときには、似たようなことを考えたけどな」
いかにも事件が起きそうなシチュエーションが満載ながら、おばばさまがしっかり手綱を握っているおかげで、いまのところたいした問題は起きていないんだと。
おばばさま、コンビニのことといい、集落の環境整備のことといい、通販事業のことといい、相当のやり手のようだ。
そんな人物に稽古をつけてもらう。
いよいよ玄関という段になって、芽衣はぶるると武者震い。
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