おじろよんぱく、何者?

月芝

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761 愛のレーダーチャート

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 昔からよくいうだろう。
 餅は餅屋ってね。
 だからおれはパンパンに膨らんだ紙袋を古書店「知恵の森」に持ち込むことにした。
 本のことは本の虫もとい、本のフクロウに頼るべし。

 古書店の老店主の母玄福郎(もぐろふくろう)、その正体はフクロウである。商売そっちのけで趣味に走っている生粋の活字ジャンキー。
 だからとて本好きによくありがちな、「マンガ? あんなものは読書とはいわない。いっしょにしないでくれたまえ」という高慢ちきな態度ではない。
 むしろ「マンガも立派な本じゃないか。けっこうけっこう。せいぜい出版業界を盛り上げて貢献してくれ」という柔軟なスタンス。
 だからじつはマンガもけっこうたしなむ。
 とどのつまり、母玄福郎にとって大切なのは「本か」「それ以外か」ということ。

「……というわけで、お手上げなんだよ。助けてちょうだい」

 恥や外聞、意気地や矜持なんぞははなから持ち合わせていない探偵は、老店主に泣きついた。
 しかし母玄福郎は持ち込まれた大量の同人誌を前にして「うーん」と腕組み。

「あれ、母玄のじいさん、ひょっとして同人系はダメなタイプだった?」

 難しい顔で黙り込んでしまった老店主に、おれは不安になる。
 するとそこにお茶を淹れてきてくれた零号が「ちがいますよ、そんなことはありません」と首をふる。

「優劣を審査するとのことですけど、同人誌の場合、それがとても難しいのです。なにせ商売っ気よりも先に個人の好きや萌えが前面に押し出されていますから。ことは感情の問題です。好きの気持ちに上も下もありません。いうなれば、まだ年端もいかない子どもに向かって『お父さんとお母さん、どっちの方が好きかな?』という意地悪な質問をしているようなものなのです」

 同人誌の出来不出来について採点をつけるだけならば容易いこと。
 でも、今回のケースはちがう。
 攻めと受け、どちらの推しが尊いか。
 さりとて愛は測れるものじゃない。

「おもしろい、おもしろくないは人それぞれ。著者、読者、人の数だけおもしろいがある。自分だけのおもしろいもあれば、大勢と共有できるおもしろいもあり、その逆もまたしかり。誰もが自分だけのモノサシを持っているんじゃ。そいつを無視して、いっしょくたに比べようってのが、乱暴な話なんじゃよ」

 老店主のごもっともな意見に、おれはぐうの音もでない。
 いっそのこと、この意見をそのままぶつけて、無駄な抗争を止めさせるべきか。
 とはいえご高説だけを並べたところで、いささか説得力に欠けるのが悩ましい。
 白黒はつけられない。
 だがそのことを連中に納得させるだけの、何かが必要だ。
 はてさて、どうしたものやら。妙案が浮かばずおれは悶々とするばかり。
 すると零号がこともなげに言った。

「それでしたら簡単ですよ。すぐにご用意できるかと」

 零号、超速読にてあっというまにすべての同人誌をスキャンしたとおもったら、おもむろに作成しはじめたのはレーダーチャートと呼ばれるグラフ。
 これは複数のデータを比較し、いくつかの観点における傾向を把握する際に活用されるグラフで、表示される図形により特徴が一目瞭然となり、強みや弱みを把握することができるというもの。
 設置される項目は八つ。
 絵、構成、台詞、演出、テンポ、ストーリー性、愛、その他。
 それらを独断と偏見にもとづき十段階評価。

 一冊ごと、あますことなくレーダーチャートを仕上げていく零号。
 さすがは高性能自律可動型アニマルロボ。仕事が速い。
 だが次々と仕上げられていくグラフを目にして、おれは「うん?」と首をかしげる。
 とある項目だけがすべて空欄であったからだ。
 しかしそれは意図してのこと。

「このグラフはあくまで説得力を補完するためのものですから」と零号。

 その言葉の意味が判明したのは、三日後の結果発表のとき。

  ◇

 高月某所にて。
 攻め派、受け派が多数詰めかけての結果発表。
 両陣営、緊張した面持ちにて壇上に立つ探偵のお言葉を待つ。
 が、発表の前に、おれはまず預かっていた同人誌を返却。
 するとすべての同人誌にレーダーチャートが作成されており、ほんの数行ながら感想まで添えられてあることに対して、「すごい」「わかりやすい」「勉強になる」「ちゃんと読んでくれたんだ」「うれしい」との感嘆の声がそこかしこより起こる。
 でもすぐに「あれ? どうして」「こっちもないわ」という声もそこかしこにて起こりはじめた。
 それもそのはずだ。
 なぜならすべてのレーダーチャートにおいて、愛の項目だけが点数をつけられていないのだから。

 ここでおれは舞台袖に控えていた零号を招き入れ、その真意を彼女の口から語ってもらう。

「みなさまの作品を拝読させていただきました。どれも怪盗ワンヒールに対する愛にあふれる素晴らしいものでした。ですが、だからこそ、あえて愛の項目は無記入とさせていただきました。なぜなら好きという気持ちに上も下もないからです。攻め派、受け派、ともに惜しみなく愛が注がれており、こぼれんばかりです。そしてとても輝いておりました。キラキラがいっぱいです。
 なのにこれに甲乙をつけるとか……。
 そんなのはあまりにも不毛というもの。
 よろしいですか? 人生はカレーもいいけど、ハヤシもいいよね、ぐらいがちょうどいいのです。命短し恋せよ乙女。華の命は短く、青春は光陰矢のごとし。食わず嫌いなんてもったいない」

 攻め受けのちがいなんて、ささいなこと。
 おまえら小さくまとまってんじゃねえぞ。
 若いんだからもっと貪欲にガツガツいこうぜ!
 みたいな檄にて話をまとめた零号。

 しばしの沈黙ののちに起こったのは、割れんばかりのスタンディングオベーション。
 そしてこの日、怪盗ワンヒールのファンクラブ内において、新たな派閥が誕生した。
 その名は零派。
 攻め受けなどにはこだわらず「良いものはすべからく尊し」を掲げる超党派。


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