758 / 1,029
758 派閥抗争
しおりを挟む街中にて女性の方から声をかけられてお茶に誘われた。
ただし逆ナンではない。
例の視線絡みについて話したいことがあるとのこと。
でもホイホイついていった喫茶店にて、いざ向かい合わせに座ってみると生じる違和感。
「はて?」
おれは内心で首をかしげる。
見知らぬ美女である。タイプはちょっとゴージャス系。でも派手さよりも知性が勝っており、いかにもデキる女といった感じ。
もしもこんな依頼人が事務所を訪ねてきたら、おれはきっとそわそわモジモジするだろう。
しかしそれがない。
それどころか自分でもびっくりするぐらい、心身ともに平常運転。
鼓動が高鳴ることもなければ、ちっともときめかない。
で、その理由を考えた。
そしてあることに考えがいたり、「はぁ」とため息。
「あんた……、ひょっとしてワンヒールか?」
言うなり目の前の女がにこり。
「あら、もうバレちゃったの。でもよくわかったわね、尾白探偵。けっこう入念に変装したつもりだったのに」
怪盗ワンヒール。
わざわざ予告状を送りつけては、狙った美女の所有するハイヒールの片方だけを盗み出すことに心血を注ぐ、高月の地に生息する変態のうちのひとり。白のタキシード姿にてマントを翻し、華麗に犯行に及ぶ変態紳士。動物の化け術も真っ青の変装の名人であり、芽衣の不意打ちをかわすほどの身体能力の持ち主であり、尾白探偵事務所とは因縁浅からぬ相手でもある。ウワサではどこぞに秘密のコレクションミュージアムなるものがあるとかないとか。
なお正体不明につき本当の性別もわかっちゃいない。
わかっているのはヤツが真性のド変態ということぐらい。
本日は見目麗しき美女に化けてのご登場。
「……で、これはいったい何のマネだ」
タバコに火をつけながらおれがたずねると、美女がいきなり頭をさげて「先に謝っておくわ。たぶんこれからちょっとご迷惑をかけることになるとおもうから」なんぞと言い出したもので面喰らう。危うく、くわえていたタバコを落としそうになった。
◇
怪盗ワンヒール……。
いまいましいことに女性人気がとても高い。
やっかいなことに、こいつはハイヒールの片方のみならず、女性のハートまでさらりと盗んでいくから性質が悪い。
やがてその人気が高じるあまり、熱心なファンによりファンサイトまで立ち上げられて、いまやアクセス数は三十億越え。ファンクラブの会員も増える一方。
まったくもって羨ましいかぎりである。
だが光あるところに影あり。そうそういいこと尽くめでもないらしい。
ずんずん規模が大きくなる組織。それすなわち、いろんな人間が流入してくるということ。
じきにクラブ内に派閥が生じたのは、ある意味、自然的な流れであった。やがてその派閥同士がいがみ合うこともまた。対立もまた必然なのである。
運営側も座してそれを眺めていたわけではないのだが、ことは感情やら好みに起因するがゆえに、あまりガミガミとは言えず。
結果、現在は以下の四つの派閥がにらみ合いの状況となっている。
主流派。
ファンサイトを運営する主催者・花林園輝子を中心としたグループ。怪盗紳士にふさわしい淑女然とした活動をモットーにしている。露骨なのよりも耽美を好む。
攻め派。
いろいろ突っ込む。ちくちくイジメる。言動にて翻弄する。
そんな妄想が楽しい。二次創作にチカラを注いでおり、急速に精力もとい勢力を拡大中。
受け派。
いろいろ突っ込まれる。ちくちくイジメられる。相手の言動に翻弄される。焦らされることもある。やたらとキュンキュンする。
そんな妄想が楽しい。二次創作にチカラを注いでおり、布教活動に余念がない。
枯れ派。
男性ファンばかりで構成されている少数グループ。毎回、めためたにやられているのに、その都度立ち上がっては懲りずに挑む探偵の姿に、己を重ねて密かに涙している者ども。ダメ探偵を優しく見守ることを目的としている。「がんばれ、ファイト! おれたちはちゃんと見ているぞ。でもあくまで見守るだけだから、それ以上は期待するな」といったスタンスで、ゆるくやってる。
◇
当初はネットの中だけの争いであったのが、聖地巡礼が流行したことにより、現実世界に争いが波及。
続々と高月の地へ集結する怪盗ワンヒールのファンたち。わざわざ遠くから訪ねてくるだけあって、とても熱心な方々。愛が強すぎるゆえに、市内でグループ同士が鉢合わせするたびにひと悶着が起きる。
だが肝心の怪盗ワンヒールは正体不明にて神出鬼没。居所は花林園輝子ですらも知らない。
となればファン心理からして、次に矛先が向かうのは……。
「おれかよっ!」
おもわず立ち上がったひょうしに、テーブルをガチャン。
カップが倒れて、熱々のコーヒーが零れてズボンにかかって「あっちーっ!」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる