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750 天守閣の決闘! 武人殺し
しおりを挟む右手に炎龍。
左手に木花咲耶。
焔の豪剣にて熱風が唸り、桜色の刀が閃くたびに散る花びらは、死を運ぶ残光。
宮本めざしを中心して、ふた振りの凶刃が輪となり踊り狂う。
先ほど宮本めざしは「大会前のほんの肩慣らし」と言った。
どうやらおれたちはヤツの最終調整に付き合わされるようだ。わざわざ手の込んだオリエンテーリングでこんな山奥にまで呼びつけておいて、じかに獣王武闘会本戦の招待状を寄越したからには、ここでおれたちの命を獲る気がなかろうとも、生半可なことではすむまい。なにより目の前の男から放たれる剣気がすさまじい。甘い考えは早々に捨てるべきだろう。
ネコ剣客と対峙する芽衣、その右腕にはおれが化けた手甲が装着されている。
拳をメインに前腕部分を覆うような形状にて、古代ローマの拳闘士が打撃力をアップさせるのに装着していたナックルダスターと日ノ本の甲冑の籠手を合体させたようなシロモノ。
動きを阻害せず、攻撃力を高め、なおかつ防御の盾ともなる装備。熱さ対策として内部には断熱材も仕込んである。
木花咲耶はともかく炎龍の方は、かすっただけでも大ヤケド必至。だが接近戦を挑む以上は、どうしたってニアミスは避けられない。そいつをおれがカラダを張って引き受けるのだ。
とはいえ……。
「アチッ、あちちちち、こら、芽衣! もう少しやさしく扱って! それから極力、炎龍の剣の方は受けずに避けてちょうだい!」
「そんな余裕はありませんよ! 文句ならアイツに言ってください、四伯おじさん!」
次々と飛んでくる斬撃を、かわし、いなし、はじき、受け止め、ときに打ち返しつつ、隙をみてこちらからも積極的に反撃を試みる。
だが放った拳は届かず。ことごとく二刀の前に阻まれてしまう。
徒手と刀剣。ただでさえ間合いが不利なのに、武器を扱う側が超一流。そのせいで両者の間にはさらなる溝が生じている。それも絶望的なまでに深く広い溝が。
あと一歩がとてつもなく遠い。
それでもその一歩を埋めるべく懸命に芽衣は攻め続ける。
◇
剣と拳が飛び交う激しい乱打戦。
互いに一歩も引かず。
この時点で炎龍の剣の刀身の色が、緋色から落ちつきのある朱銀色へと変わっていた。それすなわち宮本めざしが炎龍のチカラを抑えているということ。
ヤツはいったい何を考えているのか?
その答えはほどなくして判明する。
宮本めざしがずいと大きく前へ、距離を詰めてくる。
踏み込みからの木花咲耶による切り上げ。足下からキィンと跳ねる刃が、芽衣の腹から胸元へとかけて斬り裂かんとする。
速く鋭い一刀。でもこの軌道ならば問題ない。なぜなら芽衣の胸はほぼ平地だからだ。
芽衣は最小限の動きにてぎりぎりかわし、すかさず反撃へと転じようとする。でもできなかった。
はっと目を見開いた芽衣。おれが化けた手甲にて防御しつつ、あわてておおきく飛び退る。
間髪入れずにジリッ、手甲の表面をかすめたのは刀の切っ先。
だからとて芽衣が刃の間合いを見誤ったわけじゃない。
かわす直前、木花咲耶の切っ先がいきなり三つに増えたのだ! おれの目にもたしかにそう映る。
わけがわからずおれたちが困惑していると、宮本めざしがフフッ。
「これが木花咲耶の能力だ。さすがに炎龍の剣が持つ熱量には遠く及ばないものの、こいつもそれなりのチカラは持つ。しおらしい容姿をしているが、こうみえてけっこうな激情家でな。身の内を焦がす熱が陽炎のごとき幻影を産み出すのだ」
すべてを燃やし尽くし、ときには天候すらをも左右する炎龍の剣に比べたら、とても控え目なチカラ。
炎龍の剣を暴虐の覇王とするならば、木花咲耶の刀は男を惑わす魔性を秘めた深窓の姫君。でもその地味さこそがおそろしい。刹那の攻防のさなか、虚な影がひらりひらり。きれいな見た目に見惚れていたら、たちまちグサリ。
ここにきて木花咲耶の刀をメインにした攻勢へと切り替える宮本めざし。
そういえばさっき「新しい刀の感触を実戦でたしかめておきたい」みたいなことも言っていたっけか。
ぶっちゃけこちらとしては助かる。なにせこの場には雷龍の珠を持つ零号がいないもので、実質、炎龍の剣に対抗する手段がない。あれが本気で暴れたら、とてもではないが手がつけられない。
閃くほどに増減する切っ先。三つどころか倍の六つに増えたとおもったら、いきなり二つに戻ったり、ぱっと消えたり、あらわれたりとこちらを惑わせる。
どうやら刀の角度と光の反射にて調整しているっぽいのだが、そのからくりを容易に悟らせないのが巧者な宮本めざし。
たかが幻だと侮るなかれ。えげつないのが虚ろの影にまで剣気をのせてくること。
おれなんかは「わわっ!」とたんに驚くだけだが、芽衣はなまじ気配を読むことにたけ、目がいいのが仇となり、つい幻惑に過剰反応を示してしまう。
武人殺しに特化した木花咲耶の刀。
翻弄されるばかりの芽衣。籠手をかざして致命傷こそは防ぐも、小さな生傷がどんどん増えていく。
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