741 / 1,029
741 タヌキと狂トラ、序
しおりを挟む「音嗚滅爛虎慄紅武爪術、英円。さぁ、タヌキのお嬢ちゃん、私とたっぷり愉しみましょう」
「狸是螺舞流武闘術、洲本芽衣。未熟な身なれども精一杯お相手を務めさせていただきます」
にやにやしながら悠然と距離を縮めてくる英円に対して、芽衣はじっとしたまま待ち受ける。
手の届く間合いとなったところでようやく足を止めた英円。
身長差により見下ろされる格好になった芽衣は、臆することなく相手をねめあげる。
にらみ合う両者。
けれどもこの時点ですでに戦いはもう始まっていた。
互いが互いの全身をあますことなく注視。わずかな変化も見逃さない。そうすることで機先を制す、あるいは後の先を狙う。
意図的にピクリと肩を震わせたり、視線を動かしたり、虚実も混ぜ込み相手を惑わせることも忘れない。
いかに強力であろうとも真っ直ぐな拳だけでは勝てない。とくに高度はレベルで武術をおさめている猛者ならばなおのこと。
内外虚実、静かだが苛烈な化かし合いの時間がしばし続く。
◇
先に動いたのは英円。
打ち下ろし気味の正拳にていきなり顔面を狙う。
しかしその拳は途中で止められた。芽衣の仕業だ。
ガツンと鈍い音。
トラ狂女の拳での挨拶にタヌキ娘が拳で答える。
鋭く、正確、そして重たい一撃。
その拳の感触ににやりとしたのは初手を打ち返された英円、ほぅと感心する。
「奈良で羅美と殺り合ったときのDVDを観た。最初は『いったい何の冗談だ』と自分の目を疑ったものよ。でも実際にこうして対峙して拳を交えたら、もう、納得するしかないわね」
その筋で出回っている裏DVD『羅城門激闘編。狸是螺舞流武闘術VS滅爛虎慄紅武爪術。月下に舞う戦乙女たち』
奈良はシカ王国の嫁獲り競争。その舞台裏で行われた死闘の一部始終を収録した品。
ちなみに嫁獲り競争本編の模様は裏DVD『平城京爆走編。何人たりともオレの前は走らせねえ! 駆ける男たち。闇夜に羽ばたく黒きツバサ。南大門の悲劇』の方に収録されており好評発売中。ともにお値段、千九百八十円なり。
なお販売で得た利益はカラス女こと安倍野京香が派手にぶち壊した南大門の修繕費に回されているので、出演者らの懐には一円も入っていない。
◇
次々と拳をくり出す英円。一撃ごとに速さと威力が増していく。
これを片っ端から打ち返す芽衣。
固い拳と拳がぶつかるたびに、ガツン、ガツン、重く痛々しい音が響く。
激しい拳打の応酬。
互いに一歩も引かず。
しかし芽衣は内心で首をかしげていた。
この段階になってもまだ、英円が奥義を使おうとはしないからだ。
音嗚滅爛虎慄紅武爪術は、トラ族に伝わる幻の武術である滅爛虎慄紅武爪術をもとにして独自に派生させたもの。
滅爛虎慄紅武爪術は獣人化を体現し、ヒトとトラのいいとこどりのハイブリッドを成し遂げた唯一無二なる存在。ゆえに英円もまた獣人化が可能。
なのに彼女はいつまでたっても獣人化せず。ヒトの姿のままで殴り合うばかり。
トラ狂女の意図をはかりかねて芽衣は戸惑いつつも、このままは埒が明かない。
攻防の合間にちらりと他の方へと目をやれば、燐火らはともかく尾白がけっこうヤバい状況になっているではないか。
そこでついにシビレを切らした芽衣は、戦局を動かすべく奥義をくり出す。
「狸是螺舞流武闘術、突の型、錠前破り」
英円の拳戻り、腕をひくところを狙う。懐へと深く踏み込んでの一撃。
技の発動は完璧にて、間合いもタイミングもどんぴしゃ。
鳩尾に当たれは臓腑をえぐり、相手は悶絶必至。
けれどもその攻撃は空を切る。
半身をさげて芽衣の拳をかわした英円がにへら。
「だからさっき言ったじゃないか? DVDを観たって」
呼吸を読まれ、完璧にタイミングを盗まれたっ!
まんまと誘われたと気づいた芽衣。
このままではマズイと、あわてて技を中断し後方へと飛び退る。
その胴体へと横合いから迫る白い影。
正体は爪。
ヒトの形態のままトラの鋭い爪を出し入れし武器とする、滅爛虎慄紅武爪術の「一の段、徒花(あだばな)」なる奥義。
鋭く容赦のない攻撃。当たれば身が斬り裂かれる。
でも、これならばギリギリかわせるはず。
だから回避からすぐさま反撃をと考えた芽衣ではあったが、そうはいかない。
白爪が急にグンとのびた。
ばかりか数がひとつになりまとまる。厚みを増し、長大な刃へと姿を変えるっ! それと同時に込められチカラも一段階あがった。
「音嗚滅爛虎慄紅武爪術、四の段、斬馬刀。見かけ通り、武骨なもんで切れ味はあまり期待しないでね」と英円。
徒花の改良版にて、彼女が独自に開発したオリジナルの技。
斬馬刀の間合いへとがっつり呑み込まれており、とてもではないが逃げ切れない!
英円の攻撃範囲を見誤った芽衣、その胴を薙ぎ、断ち切らんと凶刃が迫る。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~
月芝
ファンタジー
庭師であった祖父の薫陶を受けて、立派な竹林好きに育ったヒロイン。
大学院へと進学し、待望の竹の研究に携われることになり、ひゃっほう!
忙しくも充実した毎日を過ごしていたが、そんな日々は唐突に終わってしまう。
で、気がついたら見知らぬ竹林の中にいた。
酔っ払って寝てしまったのかとおもいきや、さにあらず。
異世界にて、タケノコになっちゃった!
「くっ、どうせならカグヤ姫とかになって、ウハウハ逆ハーレムルートがよかった」
いかに竹林好きとて、さすがにこれはちょっと……がっくし。
でも、いつまでもうつむいていたってしょうがない。
というわけで、持ち前のポジティブさでサクっと頭を切り替えたヒロインは、カーボンファイバーのメンタルと豊富な竹知識を武器に、厳しい自然界を成り上がる。
竹の、竹による、竹のための異世界生存戦略。
めざせ! 快適生活と世界征服?
竹林王に、私はなる!
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる