おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
上 下
740 / 1,029

740 白羽と弟ネコ

しおりを挟む
 
 四方から投げつけられた棒手裏剣が巨漢へ次々と突き立つ。
 放ったのは燐火さんら白羽の忍びたち。
 受けたのはサーバルキャットの弟ボーン。
 飛び道具を前にして頭を両腕でおおってかばうボーン。そこへ容赦なく投擲がくり出される。
 十二本にもおよぶ棒手裏剣。そのすべてが的の胴体部分へと吸い込まれる。
 だがしかし、ボーンが大きく息を吸ったとおもったら、その身がひと回り膨らんでボヨン、刺さっていたはずの棒手裏剣がすべて抜けてしまった。

 いかに肉厚で太っちょの体躯とはいえデパートの屋上に浮かぶバルーン風船じゃあるまいし、これはありえないこと。
 それを可能にしていたのは、彼が持つぶ厚い皮下脂肪とその身を包んでいる特殊なスーツ。優れた伸縮性と耐久性を持つ素材にて作られた特注品にて、ボーンがまとうことで防御力が格段に跳ねあがるシロモノ。
 ちなみに開発したのは聚楽第が誇るマッドなサイエンティスト、暮来真理(くれこまり)である。

 棒手裏剣が効かない。それすなわち刺突系の攻撃が通らないということ。
 そして打撃も肉壁に吸収されてほとんど効果はないだろう。
 ならばと仲間に合図をおくった燐火。
 すかさず飛んだのは鎖分銅。ボーンの両手両足をじゃらりと絡めとる。
 こうして動きを封じたところで、駆け出した燐火。接敵しつつ腰の小太刀を抜く。
 あらわとなる南の海を彷彿とさせる蒼い刀身。

「吠えろ、青龍」

 燐火の声に応じて刃が蒼炎をまとう。
 刺撃や打撃が効かないのであれば、斬撃にて決める。そう考えての突進。
 けれどもその時のことであった。
 動き出したのはボーン。身をよじり、まるでダダをこねる幼子のように手足をジタバタさせる。とたんに引っ張られたのは白羽の者ら。
 怪力にものをいわせて強引に拘束を解いたばかりか、ボーンは鎖分銅にて繋がっている白羽の者らをもぶん回す。
 うねり暴れる鎖により行く手を阻まれた燐火。
 足が止まったところに横合いからぶつかってきたのは仲間のカラダ。避ければ仲間が床へと叩きつけられてしまう。
 だからこれを受け止めるも、勢いが強く支え切れず。いっしょになって吹き飛ばされてしまう。
 そして青龍の小太刀は不発に終わり沈黙。しばしのインターバルへと入り、使用不可の状態になってしまった。

  ◇

 手鎖状態にて猛り暴れるボーン。
 考えなしの行動であるがゆえに、規則性は皆無。まるでふらふら進路を定めない迷惑な台風のよう。それだけに手がつけられない。
 ちらり彼方を見ればタヌキ娘とトラ狂女が正面から殴り合っており、尾白四伯はワイヤーでぐるぐる巻きにされて床に転がされている姿が目に入る。
 助手の方はともかく探偵は大ピンチ!
 だからすぐにでも救援に向かいたいところではあったが、ボーンがそれを許さない。

「おもいのほかにやりにくい。いや、先のトロンの突出ぶりからして、最初からこの状況を狙ってのことか。なんとしたたかな」

 うかつさを後悔する燐火。後手後手に回っている。忍びにあるまじきなんたる不手際。
 敵は暴虐の徒で有名な「銀禍」の一党。凶悪さのみならず、奸計でもって数多の追手をしりぞけ返り討ちにしてきた連中であると、重々わかっていたはずなのに……。

「どうやら九龍城の阿呆な悪ノリに付き合っているうちに、すっかり影響を受けてしまっていたようだな。だがそれももうしまいだ」

 これはゲームじゃない。そして試合でもない。
 忍びには忍びの戦い方がある。
 己が何者であるのかを取り戻した燐火は、パチンと指を鳴らす。
 それを合図として、サッとさがった白羽の者たち。ボーンよりいったん距離をとる。
 続けて「チチチ」と小鳥のさえずりのような声。
 これは白羽同士の通信手段。音の高低、一音ごとの幅、調子、全体の長さにより命令を伝達する。いわば口で行うモールス信号のようなもの。
 燐火が仲間たちに伝えたのは忍び道具を使用する旨。

 白羽の者ら。ふたりが投擲によりボーンの注意をそらす役割を担う。
 その隙に背後から別の者が放ったのは巾着袋。手のひらにおさまるぐらいの小さなもの。
 目敏く気づいたボーン、ふり返りざまこれを無造作に叩き落とそうとするも、触れたとたんにポン!
 袋が破けて中身が飛び出した。
 赤や黄色が混じった細かな粉末は、たちまち散り煙り、巨漢の顔へとまとわりつく。
 するとボーンが「ぎゃあ!」と悲痛な声をあげた。

 巾着袋の中身は特別に配合された目つぶしの粉。ヒグマなどの猛獣すらも裸足で逃げ出すという劇物成分たっぷりにて、うかつに吸い込めばノドや鼻もやられる。
 これを間近で受けたボーンは痛みによりヒイヒイ。
 そんなボーンの耳元にて続けて響いたのは鋭い炸裂音。
 音玉と呼ばれる忍び道具にて、爆竹の強力版みたいなもの。攪乱陽動にも使えるが、直接ぶつけると耳がキーンとなり、しばらく聴力が麻痺してしまう。

 目と耳と鼻をふさがれ、暗闇での無音状態へと追いやられたボーン。
 最後に感じたのは舌先にじんわりと広がる甘さ。
 甘露なる毒。その正体は痺れ薬。使用量をあやまれば死ぬ危険性もある。
 これにより身体の内から触覚や痛覚をも奪われたボーンは、ついにみずから膝を屈し、そのまま倒れ伏した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

御様御用、白雪

月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。 首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。 人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。 それは剣の道にあらず。 剣術にあらず。 しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。 まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。 脈々と受け継がれた狂気の血と技。 その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、 ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。 斬って、斬って、斬って。 ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。 幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。 そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。 あったのは斬る者と斬られる者。 ただそれだけ。

乙女フラッグ!

月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。 それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。 ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。 拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。 しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった! 日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。 凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入…… 敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。 そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変! 現代版・お伽活劇、ここに開幕です。

AIアイドル活動日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!  そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

高槻鈍牛

月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。 表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。 数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。 そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。 あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、 荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。 京から西国へと通じる玄関口。 高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。 あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと! 「信長の首をとってこい」 酒の上での戯言。 なのにこれを真に受けた青年。 とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。 ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。 何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。 気はやさしくて力持ち。 真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。 いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。 しかしそうは問屋が卸さなかった。 各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。 そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。 なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!

処理中です...