おじろよんぱく、何者?

月芝

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730 第三の塔

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 漁夫の利もとい知略にてダークナイトをくだし、第二の塔を突破したおれたち。
 続く第三の塔、内部には敵影も罠もなし。
 あるのは多数の展示物にて、美術館とか博物館みたいになっている。
 どうやらここは箸休め的なスペースのよう。
 だがしかし、おれたちはかつてない緊張感を持って、その中を慎重に進んでいる。
 なぜなら……。

「えっ、ウソ! ちょ、ちょっと四伯おじさん、このトイレの落書きみたいなのが、五百万円もするんだって」
「それがどうした、芽衣。こっちの使い道がまるで思い浮かばない妙ちきりんなツボなんて、一千万の値札がついてるぞ。となりのお猪口なんて三千万だ。あとあっちの不細工な等身大の彫刻はえ~と、一億とんで九万九千九百九十八円だとよ」
「なにそれ? スーパーの特売じゃあるまいし。そこはおもいきってスパッと端数を見切ろうよ」
「知るか、文句なら九龍城の運営に言ってくれ」

 見渡す限り、真贋不明の自称高価な品がずらずらり。
 十中八九、ニセモノであろうが万が一ということもある。油断ならない。
 展示物のなかには割れモノなんぞもけっこうあって、うっかり触れてガチャンとしようものならば、あとでどのような因縁をつけられるものやら。想像するだに恐ろしい……ガクブル。

  ◇

 展示物でごちゃごちゃした内部を縫うように進み、ようやく最上階へと到着する。
 しかし一歩足を踏み入れたとたんに、ダレていた弛緩ムードを一新させ、おれたちの間には緊張が走った。
 薄闇の中にて張り巡らされているのは、よほど目を凝らさなければ見えないほどの銀糸。
 ためしに近くの糸に軽く触れてみたら、たちまちチクっとして指先が切れた。血のついた指をペロペロしながら、おれは「やばいぞ、この糸」とみなに注意を促す。

 凶悪なワイヤーソーだらけの空間。
 下手に動くと最悪、手足や首がストンと落ちかねない。
 これはあまりにも危険すぎる。
 だからいったん下がって、対策を練ってから攻略しようと考えるも、いつの間にやら階段とフロアの間の防火扉が降ろされており、退路を封じられていた。

 警戒をいっそう強めるおれたち。
 そこへ奥からのそりと姿をあらわしたのは、大きな蜘蛛(くも)。ただし頭部はイヌだけど。

「ワレは第三の塔の番人、アニマルロボ・キングスパイダーなり。侵入者は斬る、切る、きる、きるるん、キルキルキルキルキルルルルルルルル」

 調子っぱずれな声にて「キル!」と連呼するロボット。
 見た目も中身もヤバそうな敵が出現。逃げ道はなく、ここはヤツの巣の中みたいなもの。状況はかなり切迫している。それこそ絶体絶命のピンチと言ってもさしつかえないほどに。
 だというのにである。
 この局面にて芽衣がぼそりと言った。

「クモなのにアニマルロボって、おかしくない? 虫型なんだからそこはインセクターロボとかじゃないの?」

 芽衣の発言に何やらショックを受けたようで、「がーん!」
 固まるキングスパイダー。

「いや、クモは虫じゃねえぞ。たしかあれとは別のそれっぽい生き物って分類だったはずだ」

 おれはすかさず指摘する。
 似て非なる存在。それがクモと他の昆虫たち。
 虫の足の数は六本、クモは八本。カラダの構成が三部と二部。触覚の有無などなど。
 よってクモは六脚亜門に属する昆虫とは全く別のグループ、鋏角亜門クモガタ綱に属する。
 まぁ、広義においてはヒトもタヌキもオコジョも、バッタもクモも動物であることにはちがいないけれども、世間一般では動物といえば血の通った生き物といった認識であろう。

 おれの解説にまたしてもショックを受けるキングスパイダー。「ががーん! そ、そんなバカな」
 そしてトドメをさしたのは燐火さんら白羽の面々。

「すみません。クモはちょっと苦手かも」
「さわさわ動くの、なんか気持ち悪いよねえ」
「益虫だっておばあちゃんが言ってたけど……」
「だからって視界にはちょっと入れたくないかなぁ」
「小さいのはまだいいんだけどね」
「というか私、虫全般が嫌いだし」
「……クモの巣、イヤ。うっとうしい。ネトネトする」

 タヌキ娘の発言にて己がアイデンティティをぐらつかせているところに、すかさず刺し貫いたのは愛のない言葉の刃の数々。
 これらを受けてうんうん考え込むキングスパイダー。

「ワレはアニマルロボのキングスパイダー。でもアニマルじゃないから、インセクター? いや、でもクモだからインセクターじゃない? というかアニマルですらない? ではワレはいったい何者なりしや? スパイダーロボのキングスパイダー? でもそれだと語呂が悪すぎる……」

 なまじ知能が高いのが仇となったらしく、堂々めぐりの思考の沼にどっぷりはまったキングスパイダー。じきに頭からぷすぷす白煙をあげて、ガクリと動かなくなった。


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