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720 山怪
しおりを挟む「鬼、悪魔、ひとでなしの畜生めっ!」
やっかいごとに巻き込まれたと知ったときのショーンの反応がこれである。
そいつへのおれからの返答はこうだ。
「あいにくとおれは鬼でも悪魔でもない。だがひとでなしの畜生というのは合っている」
なにせ珍獣が人間に化けている探偵なもので。
ショーンは「ちくしょーっ、おぼえてやがれ!」との捨て台詞を残し電話を切った。
「フム。『畜生』と『ちくしょう』をかけたダジャレかな?」
「知りませんよ、おっさん同士の掛け合いなんて。なにせわたしはピチピチの女子高生なので、しみったれたオヤジギャグはちっともわかりません」
おれは内心で「やるな、ショーン。さすがだぜ」とか思っていたけど、芽衣は素っ気なかった。あと「自分のことをピチピチとかいってる時点で、おまえもこっち寄りだ」とか思ったりもしたけど、言ったら殴られそうなので黙っておく。
◇
ところかわって京都と滋賀の県境の山中。
さっそく魔王杉の様子を確認しようとやってきたのはいいものの、霧が発生したせいで立ち往生を余儀なくされてしまった探偵と助手。
「まいったな。天気予報では晴れだといってたのに」
「麓からみたかぎりでは、絶好のハイキング日和にみえたんですけど……」
いくら山の天気は変わりやすいとはいえ、おれと芽衣は困惑しきり。
そのうちにもどんどん霧が濃くなってゆく。じきに、すぐ近くにいる相棒の姿もろくに見えなくなってしまった。それどころか自分たちがどっちからきて、どっちに向かっているのかもわからない。
「まずいな、典型的な遭難パターンじゃないか」
「しかしおかしいですね。さっき寄ったコンビニのおばちゃんの話では、初心者向けのハイキングコースみたいなものっていってたのに」
「うーん、闇雲に動き回るのは危険か。せめてどっちに進めばいいのか方角がわかればいいんだが」
いかに動物とはいえ都会育ち。加えて土地勘もないときているから、地味にピンチである。山中に立ち入るというので最低限の備えはしてきたが、野宿はちとキツイかも。
そのときのことであった。
ジャ、ジャ、ジャ、と近づいてくる登山靴の音。
続けて霧の中にぼんやり浮かぶ人影。霧のせいで姿はよく見えないけれども、背丈や体格からして男性のよう。
山では行き交った者同士があいさつをするのがマナー。
これぞ天の助けとばかりに、おれはあいさつがてら難儀していることを伝え、現在位置なんぞについてたずねたら、影の人が「ついてこい」と言う。
どうやら案内してくれるらしい。
だからご厚意に感謝しつつ、ついて行くとあら不思議!
ものの五分ほどで麓へと出てしまった。
気づけば周囲の霧もすっかり晴れている。
でもって、案内してくれていたはずの男性の姿も消えていた。
「あれ? あの親切な人、どこ行った?」
「わかりません。さっきまではたしかに目の前にいたと思ったんですけど」
おれと芽衣はキョロキョロ探すもどこにも見当たらず。
ふたりして首をひねっていたら、びゅるりと冷たい山風が吹いて、耳元に聞こえてきたのが……。
『現在、魔王杉の周囲は封鎖されており、近づくことかなわぬ。あきらめよ』との何者かの声。
おれたちはあわてて振り返るも誰の姿もなし。
「いまの? 天狗の仕業でしょうか」
ごくりと息を呑む芽衣、冷や汗たらり。武術の達人である彼女の背後をたやすくとったばかりか、その存在すらもまるで気取らせぬ。なんという隠形の術!
天狗らとはいささか因縁があり、何度か対峙し拳も交えている芽衣。
だから連中の力量をある程度は把握したつもりになっていたが、どうやらそれは早計であったらしい。
おれは「わからん」と首を振る。「だがあの反応、魔王杉に何かがあったのはたしかみたいだな。でも鼻っ柱の高さでは他の追随を許さない天狗どものこと。それを表沙汰にすることはないだろう。無理をして天狗どもからにらまれてもしょがないし、ここでの調査はこれまでだな」
「ですね。たしか次は鬼の飛び石でしたっけ、四伯おじさん」
「あぁ、そうだ芽衣。何か手がかりを得られるといいんだが」
◇
ちゃちゃっと移動。ふたたびところかわって天橋立にほど近い山中。
点在する巨石群を横目に、てくてく歩く。
こちらは先ほどとは打って変わって平穏そのもの。
霧が垂れ込めることもなければ、陽気にも恵まれ、山道も明るい。おれたち以外の散策者らの姿もちらほら。
驚いたのが親子連れが多いこと。
「やれやれ、わざわざこんなところに足を運ぶなんて酔狂な。もっと他にお子ちゃまがよろこぶ楽しいところなんて、いくらでもあるだろうに」
「知らないんですか、四伯おじさん。最近、某マンガがアニメ化にともなって大人気となって、その影響で鬼関係の名所旧跡にお子さんたちが殺到しているそうですよ」
「へえ~。鬼が活躍する作品ねえ。人魚族らのイメージ戦略と似たようなもんかな」
「いや、それとはちょっとちがうかも」
「?」
「なにせ作品の中で鬼は鬼として、悪逆非道な仇役として描かれていますから。人間をぶち殺しまくっては、バリバリ頭から食べちゃうし」
「は? どうしてそれで人気がでるんだよ」
「さぁ?」
「ったく、怪盗ワンヒールといい、鬼といい、世の中わけがわからん。なぜ真っ当にがんばっている探偵の人気が鰻登りにならずに、変態やらバケモノ連中にばかり人気が集中するんだよ」
足下の小石を蹴飛ばし「ちぇっ」と舌打ち。
すると芽衣はしげしげこちらを眺めつつ「やっぱりビジュアルの差かしらん」と言ったもので、おれはギャフン。
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