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718 アバンチュール九尾
しおりを挟む殺生石が割れたことを発端とする一連の騒動。
動物界、人間界、その他がざわざわ。
不穏なウワサをバラまき、相互不和を煽り、不要な対立を招こうとうとする輩の正体をを突き止めて、すみやかに事態を収束せよ。
これがえらいさん方からの依頼内容。
自分たちの仲が悪いことを棚にあげての無茶ぶり。
しかも拒否権はないときたもんだ。
こうなればやるしかない。
とはいえだ。できることと、できないことがある。そこんところだけは、この際、はっきりと言っておかなければ……。
おれはおずおず挙手、発言を許されたところで。
「えーと、わかりました。ウワサを広めている輩をどうにかすればいいんですよね? でも九尾さまの方は、さすがにちょっと」
殺生石には傾国の大妖である九尾のキツネが封じられていたとかいう話がある。
真偽はともかくとして、そんなバケモノ、街の探偵屋風情にはとてもではないが手に負えない。
だから、そっちとは関わるつもりがないとの明確な意志を示したのだが……。
「九尾とな? くっくっくっくっ」
「ふふふふふ」
「がははははは」
「……ぷっ」
返ってきたのは失笑。
あれ? おれは首をかしげる。
でもって、おえらいさんらが口々に言うことにゃあ。
「ちょっと考えればわかりそうなもの。天下にその名を轟かせる金剛九尾が、あんなちっぽけな石ころに封じられるわけがなかろう」
「アイツなら、いまはたしかドバイあたりで、金持ちの男を引っかけての豪遊三昧だったはず」
「おや? ヨーロッパのどこぞの国のバカ王子ではなかったのか」
「……いえ、その情報はふたつ前のものですね。パリでホテルグループの御曹司をたぶらかしてから、いまはドバイで王族を手玉にとってたぶらかしております」
そもそもの話、九尾のキツネは封印なんぞされていない。
昔も今も、大手を振ってその辺をぷらぷらしている。なのに周囲にバレていないのは、その化けっぷりが他の追随を許さないほどに達者だから。
ゆえに殺生石関連はすべて真っ赤なデタラメ。
もともとそれっぽい場所と雰囲気ゆえに、逸話が自然発生したもの。これに現地の者どもが乗っかった。
「なあなあ、これって観光客を呼び込むのに使えるじゃね?」
とはいえ勝手をしてあとからバレて「肖像権の侵害だ! このやろう、訴えてやるっ」とか文句を言われたらたまらないので、いちおうはお伺いを立てたところ「いいよー、そのかわり地元の稲荷を大切にしろよー」と快諾したのが、当時の裏千社の関係者の誰か。
なお九尾本人は東洋の小さな島国に飽きて、いまは絶賛、世界をまたにかけてのアバンチュールの真っ最中とのこと。
ちなみにこれは非公式ながらも、九尾のキツネが金持ちの野郎どもに散財させることで、世界経済の数パーセントがぎゅるぎゅる回っているんだとか。
なんだよ、数パーセントぽっちかよとあなどるなかれ。
それでも金額にしたらとんでもない額になる。小国の国家予算ばりだから。
おかげで彼女が行く先々では好景気に見舞われるってんで、「ぜひ当国にお立ち寄りください」とあちらこちらから誘われているそうな。
経済活性の起爆剤になってるとか、すげーな、九尾。
さっきは関わりたくないっていったけど。
前言撤回。
ぜひとも、おいでませ高月。
◇
五者会合から開放されたおれはふらふら。
迎えにきてくれた出灰母娘とともに、裏千社の神殿をお暇することに。
その帰り道でのこと。
「というかさぁ、調査もなにも、こんな悪戯をする暇人って連中ぐらいしか思いつかないんだけど」
おれが口にした連中とは、動物至上主義を掲げる過激派集団「聚楽第」
でもってぱっと思い浮かんだのが、組織の先兵としてあちこちで暗躍しているオコジョくのいち・かげり。
しかしここのところ姿をみせず。すっかりお見限り。一時期の活発さがウソのように、聚楽第の活動も鳴りを潜めていた。
おかげで平穏無事に過ごせていたのだが……。
やれやれだ。かげりめ、またぞろ悪い虫が騒ぎだしたか。
おれの言葉に「でしょうね」と相槌する竜胆さん。「おそらくはそれを踏まえた上での人選、尾白さんへの依頼でしょう」
キツネ族としては、藪をつついてヘビは困る。いまはまだ聚楽第と表立ってことをかまえたくない。
鬼族としては、聚楽第とはつかず離れず。敵対も味方もするつもりがない。
天狗ははなから静観のかまえ。しょせんは下界のこと。聚楽第が起こす乱が自分たちに飛び火しないかぎりは、まず動かない。
一方で人間側は立場上、聚楽第をとても警戒しているし、その動向を注視している。しかし平和ボケした現在の日ノ本ではできることが限られている。国税局八番課としては悩ましく、まどろっこしいったらありゃしない。
組織が動けば、どうしたって波風が立つ。
組織同士がうっかり衝突すれば、それこそ周囲を巻き込む嵐になりかねない。
えらい方々はそれを望んでいない。いまは、まだ……。
そこで連中とは因縁浅からぬおれこと尾白四伯が選ばれたと。
「なんか、もう、やってらんねーっ!」
と、思いきり叫びたかったが、おれは大人なのでぐっとこらえる。
かわりにタバコに火とつけて、ふぅ。
はてさて、どうしたものやら。
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