おじろよんぱく、何者?

月芝

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714 脳天ダダダダダッ

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 淀川は高月の地の南端を沿うようにして流れている。
 おかげで、これまでの苦労はいったい何だったのか? と首をかしげたくなるほどに目的地である物流拠点「不夜城」へとサクっと到着。

「ただいまー」と帰還した家出娘。

 それを迎えたのは、ずっと行く方知れずとなった娘の身を案じていたであろう母親のあつい抱擁。
 ではなくて、娘の脳天を人差し指でひたすらダダダダダッ、連打するというツボ押しの刑。ちなみに効果はひどい便秘に悩まされることになるそう。
 フム。人間と人魚では頭のツボの効能が異なるようである。知らんかった。

「イタい! イタい! イタい! やめて、ママ。ハゲげるから。そんなに一か所ばかり執拗につつかれたら十円ハゲができちゃうから。あーっ!」

 問答無用で乙姫さんよりお仕置きを喰らった夜光、轟沈。
 白目にてぐったり動かなくなった娘を従業員のクマ男にまかせて、こちらに向き直った乙姫さん。とたんに母親の顔からキリリとできる女経営者の顔となる。

「よくやってくれました、尾白探偵。よもやほんの二日ほどで片付けるとは。それも海の者らがちょっかいを出してきたのを最小限にいなしつつ……さすがですね。やはりあなたにおまかせして正解でした。それからそちらのお嬢さんにもずいぶんとご迷惑をおかけしたようで、すみませんでしたね。しかし」

 さりげない仕草にて桔梗の手をとる乙姫さま。
 しげしげと黒髪美少女を見つめては真顔にて、「あら、いいわね。ペットにしたい」とぼそり。
 言葉の意味がわかず桔梗はキョトン。
 でもおれは知っているのでギョッ!

 すっかり忘れていたが、乙姫さまもまた人魚族の女。そして人魚族ってのはそろいもそろって恋愛に関してはちと放蕩なところがある。素敵な出会いを求めて深海より、せっせと夏の浜辺へとくり出すほどに。
 よくいえば積極的。悪くいえば気が多くて節操がない。でもってジェンダーフリーで超先進的であったりもする。
 どうやら母娘ともに桔梗が気に入ったようである。
 にしても桔梗、モテモテだな。
 たった一日で、人魚族の女三人と野郎を一人、虜にするとは。さすがはキツネ族きっての才媛。期待の超新星。
 でもって、おれはちょっと安堵してもいる。

 いや、だってほら、海のやつらと陸のおれたち、育った環境やら考え方などなど、いろいろちがうところは多々あれども、少なくとも美意識や価値観は共通していることの証明なのだから。
 これってけっこう重要よ?
 少なくともまだ両者には歩み寄る余地が残されているということなのだから。
 水と油だとやっかいだけれども、サラダ油にお酢と醤油ならばシャカシャカ混ぜれば美味しいドレッシングになる。
 できればそういう関係に落ち着いてくれたら、街の探偵屋さんとしては安心なのだけれども。

  ◇

 まるで竜宮城を訪れた浦島太郎を引きとめる乙姫のごとく、やたらとからんでくる母子。
 もちろん太郎役は桔梗にて、おれはその他大勢の端役である。
 それこそ「泊っていけ」といわんばかりの熱烈歓迎ぶりであるが、うっかり誘いにのったら桔梗の貞操が危うい。
 そしておれの命も危うい。
 ただでさえ面倒ごとに巻き込んてしまったうえに、大切な娘を傷ものにしたとあっては、桔梗の母親である竜胆にきっと殺される。ガクブル。
 だから最後は、半ば強引に桔梗の手を引いてお暇を告げた。
 なお「だったらクルマをだして家まで送っていく」という申し出は、遠慮しておく。人魚が送り狼に変貌しそうなので。

 かくして虎口を脱したおれと桔梗であったが、一難去ってまた一難。
 国道でタクシーを拾おうをしたら、スーッと近づいてきて目の前に停まったのは、一台の運転手つきの黒のリムジン。
 見覚えのあるクルマの登場に、おれは顔をひくつかせる。
 後部座席の窓が静かに開く。中には手にした扇子を開いたり閉じたり、ぱちりぱちりと弄ぶ和装の美魔女の姿が。
 ここにきて出灰竜胆の登場!
 どうやら娘が早退したことがバレたらしい。学校をサボって何をしているのかとおもいきや、市内を縦断する派手な鬼ごっこ。そして河川敷での乱闘騒ぎ。

「とりあえずお乗りなさい。詳しい話を聞きましょうか」

 切れ長の瞳にてじろり。有無を言わせぬ迫力。おれと桔梗はたちまち萎縮してしまう。もしも尻尾を露出していたら、しゅんとうな垂れていたことであろう。
 当然ながら断わる度胸なんぞはない。おれたちは言われるままにリムジンへと乗り込んだ。


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