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710 人魚男と探偵
しおりを挟む「待たせたな」
と右魏。人を待たせたにしては、態度が尊大である。
「おおいに待たされたよ」
とはおれ。おかげでタバコを三本も浪費してしまったじゃないか。
悪態のひとつでもつかねば、やってられない。
さらにイヤミでもぶつけてやろうかとおもったのだが、いきなりビュン!
鋭い刺突。突き入れられたのは三叉矛の大瑚。
喉元をえぐらんとする一撃。初手から首を獲りにきやがった。
とっさに右腕を部分重ね化けし、ドロンと鉄パイプにしてはじかなければ、それで終わっていただろう。
「あっぶねえ。いきなりなんてことをしやがる。当たったら死ぬだろうがっ」
ドキドキしながらおれが抗議するも、当の右魏はチッと舌打ち。
「おとなしく死んでおればいいものを。なんと面倒で面妖な。私はさっさときさまを片付けて、あちらに混ざりたいんだ。だから、いますぐ死んでくれ。なんならみずから舌を噛んでくれてもいい。そうすれば大瑚の穂先が汚れずにすむ。掃除の手間がはぶけ、しかも世の中から醜いモノがひとつ減るのだから、これほど喜ばしいことはない」
ひどい言い草である。
ナルシストなだけでなく、自己中心的にて性根まで腐っていやがる。
乙姫さんが「人魚族の男はちょっと」と言った意味を今更ながらに理解した。いくら美形でもダメだこりゃ。あとこんなのが加担する過激派連中が人魚族を牛耳ったら、マジで地上がえらいことになりかねん。
美醜による選別支配とか、想像するだけでゾッとする。
でもって、当然ながらおれが舌を噛んでやる筋合いもないので、かわりにべーっと出してやる。
「ばーか、ばーか、おまえ、自分で考えているよりもぜんぜんイケてないからな。ダメ男臭がぷんぷん生くせえんだよ。自分では気づいてないだろうけど、どちらかというとこっち寄りだからな。かんちがいしてんじゃねえぞ」
蔑んでいる相手から小バカにされる。
それはとても屈辱。これほど腹の立つこともあるまい。
だから右魏の目つきがぎらり、たちまち剣呑さをまとった。
これまでは無造作に振るっていた三叉矛をきちんとかまえたかとおもえば、腰を落とし、おもむろに技を放つ。
「真海流碧矛式、絶唱閃」
人魚族に伝わる武術。それが真海流(まかいりゅう)。徒手空拳から、剣や槍などの主だった近接武器のほかにも、変わり種も多々。サンゴのごとくいろんな流派「式」へと枝分かれしている。
碧矛式は矛を扱う流派にて、絶唱閃(ぜっしょうせん)は大技。
目にも止まらぬ乱撃。まるで陽光を受けてきらめく波間のように乱反射する閃きが、相手を包み込み、一方的に切り刻み蹂躙する。
あっ、やべえ、調子に乗り過ぎた。
後悔するも、そのときにはもう眼前に光の戦慄が波濤となって押し寄せていた。
呑み込まれたらあっというまに挽肉にされてしまう。
そこでおれはすかさず「変化っ!」
ドロンと化けたのは大きな釣り鐘。逃げる安珍、追う清姫でお馴染みの道成寺物語のお芝居に登場しそうな立派なやつ。
でも見た目はただの梵鐘だけれども、素材がちがう。通常は銅とすずの合金などが使われるが、おれが化けているのは毎度おなじみの特殊チタン合金製。だから強度はなかなかのものよ。
ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ガン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ガン、ゴン……パキン、あっ!
そんなシロモノをめったやたらと三叉矛で殴り続けたら、当然ながら刃先が痛む。
大切にしている武器の先端が欠けて、驚きのあまりおもわず攻撃の手を止めた右魏。
そこをすかさず反撃!
といければかっこうよかったのだが、あいにくとずっとガンガン打ち鳴らされていたもので、おれも頭の中がぐわんぐわん、グロッキー状態。
「うぅ、目が回る。気持ち悪い」
ついに耐えかねて釣り鐘がコテンと倒れる。
けれども丸みを帯びた形状であるがゆえに、倒れたひょうしにゴロゴロゴロ。
転がり向かった先には愛矛が傷ついてショックを受けて、狼狽している右魏の姿が……。
意図せずして炸裂した釣り鐘ローラーアタック。
気づくのがおくれた右魏は巻き込まれて、憐れぐしゃり。
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