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707 まっすぐ
しおりを挟む逃げる尾白チーム。追う海のやつら。
しかしここにきて追跡方法に変化が生じる。めったやたらと距離を詰めての突撃はすっかり鳴りを潜めて、一定の距離を保ちつつ、じょじょに狭まる包囲。
海中にぱっと広げられた大きな漁網に囚われた魚になったかのような気分。
連中の間で連携がこなれてきやがった。的確かつ絶妙な配置にて、まるで詰将棋のごとき局面。ことごとくこちらの手が封じられ、いいように盤面を支配されている。
そのせいでこっちは進路上を右へと南下したいのに、左へ左へと誘導されている。
数を活かした戦略。わかっているのに抗えない。いやな流れに冷や汗たらり。
「尾白さん、こちらも応援を頼めないのですか?」
せっせとペダルを漕ぎ続けてくれている桔梗。彼女の言葉はもっともだが、おれは返答に窮する。
できるかできないかでいえば可能。だが、そうなると事態が確実に拡大し悪化するだろう。ことは海の底の権力闘争やら、陸との兼ね合い、デリケートな諸問題なんぞを孕んでいる。あまり大事にしたくないというのが、おれの本音。
もちろん、いざともなれば専守防衛による徹底抗戦も辞さない構えだが、避けられるものであれば避けたい。というか、自分発端で戦争とか絶対にイヤだっ!
ゆえにギリギリまで粘ってみる所存である。
「ちくしょう、こうなったらしようがない。国道170号線近くまで寄って、枚方大橋のたもとから川へと出よう。淀川を下ってゴールを目指すんだ」
それが現状の最適解。なにせおれならばボートにだってドロンと化けられちゃうから。
だがしかし、このときおれはすっかり忘れていたのだ。
自分がへっぽこ将棋指しだということを。
◇
前方に壁のように立ちふさがるのは土手。
いざともなれば淀川の水から街を守ってくれる堤防だ。
それゆえに高く、幅もあり、上部はクルマが往来できる道路として活用されてもいる。
堤防の下から上へと通じる坂。四十五度ほどもある急角度にして、距離が五十メートルほど。屈強なラグビー部員が立ち漕ぎしても、途中で根をあげるほどにて、いつの頃からか男坂と呼ばれるようになった場所。
男坂を後部座席に夜光を載せたまま、ぐんぐんぐんぐん、ものともせずに駆け上がっていく桔梗。
腰はサドルに落としたままの姿勢にて、あえて立ち上がらない。もとより軽量級の彼女。下手に体重に頼るよりも、ペダルを踏む足の回転率をあげることで、難所へと挑む。
ハンドルはしっかり固定。顔は前を向いたまま。彼女が体得している武芸は両手両足を酷使する。ゆえにそれらに性能差があっては技に隙が生じる。これを克服するために練り上げられた肉体は、ほぼ誤差のない範囲にて左右対称を実現。加えて優れた体幹により軸がブレることがないので、タイヤがふらふらぐらつくこともなく、車線はひたすら直線を行く。
ただ真っ直ぐに走る。
これがどれだけむずかしいことか。
オートバイの教習にて一本橋渡りがあることからも、容易に想像できるはず。
それをこの場面で自転車でやってのける出灰桔梗。いまだ底がみえないそのポテンシャル。おれこと尾白四伯は戦慄を禁じ得ない。
彼女はことあるごとに友人でタエちゃんこと、ヘビ娘のある白妙幸こそが真の天才であり、それに比べたら自分はとんだまがいものだと己を卑下するが、そんなことはない。
断言しよう。この子もまぎれもなく本物だ。しかも日々精進を欠かさない、努力を知る恐るべき天才。
ゆえにいまさらながらにしみじみ思うのは「うちのタヌキ娘ってば、よくもまぁ、こんなのとタイマンはって勝てたものである」ということ。
あと「まっすぐに生きるって、むずかしいよね」とも。
おれなんて、ふつうに歩くだけでもふらつくし、たまに何もないところで急につまづくというのに……。
◇
桔梗、見事に男坂を突破!
その勢いのままに堤防を横断し、河川敷へとおりる。
淀川沿いの河川敷には、公園やらグランドやら、ゴルフの打ちっぱなしなどがある。
それらを尻目にあとはこのまま適当な浅瀬に向かって、そこから水路へと目論むも、それはかなわない。
グランドを抜けようとするも、ピッチャーマウンドあたりに佇む男と女の姿があった。
バーの防犯カメラに映っていたモデル体型のイケてる二人組。
敵勢を率いているであろうボス登場。
してやられた……。どうやらおれたちはまんまとこいつらのところに誘い込まれたらしい。
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