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703 男のロマン
しおりを挟むランチメニューはローストビーフがたっぷり挟まれたクラブサンドに、フライドポテトの付け合わせ、ドリンクはコーヒーか紅茶か抹茶オレの三択、デザートにさくらんぼがちょこんとのった固めのプリン。
おれはむしゃこら、ひとり先にたいらげると席をカウンターの方へ移す。
ぶっちゃけ若い娘たちのキャピキャピした会話に混ざるのはキツイので。
だからカウンター席にて新聞片手に、おかわりしたコーヒーを啜っていたら、「尾白さん、ちょっと」と声を潜めるマスター。
「どうかした? 心配しなくても、今日は軍資金がたっぷりなもんで、これまでのツケともどもまとめて……」
「いや、それはべつにいいんだよ。それよりも、ちょっとこっちにきて」
こそこそ迎え入れられたのはカウンター内部。
冷蔵庫やら、グラス置き場などがあるかたわらに設置されてあったのは、小さなモニター。表に設置してある防犯カメラと連動したもの。
「こんなのあったんだ、知らなかった」
「まぁね。ほら、前に中央の方でバーとかに保管されてある高級酒を狙った窃盗事件が頻発したことがあっただろう。うちもブランデーとかそれなりに在庫を抱えているからね。ちょっとした用心のつもりで設置したんだけど。えーと、巻き戻しはこれかな」
マスターが慣れない手つきにて操作パネルのボタンをぽちぽち。
巻き戻しては、再生されたのはここ三十分ほどの間に録画された映像。おれたちが来店してからしばらくたってから。フルカラーにて画質はなかなか良好である。
◇
まず最初に映像に登場したのはスーツ姿のどこにでもいそうなサラリーマン。
バーの扉前まできたところで、開けることなく、しばらくじっとしていたとおもったら、きびすを返して行ってしまった。
これだけみれば、来てみたけど営業しているのかわからないので、スルーした客のように見える。
だがすぐに今度は同じヤツが二人ばかし連れを増やし再来店。
が、やはり入店することはなし。ちょっと扉を開けて隙間から店の中の様子をこっそりうかがったとおもったら、そっと閉めた。
かとおもえば、ふたりを残して、すぐさまひとりがいなくなる。
見張りを残して、急ぎ、どこぞにご注進といったところか。
で、お次はいっきに数がぞろぞろ増えた。それこそ店の扉から外へと通じる階段を埋めつくすぐらいにまで。
そしてそんな連中を率いているとおぼしき、男女の姿も加わっている。
カメラが天井近くの暗がりにまぎれるように設置されてあるから、角度により顔はよくわからないけれども、男女ともにすらりとしたモデル体型。雰囲気だけでわかる美男美女カップル。
ただし只者じゃないのもありありとわかっちゃう。
堅気じゃない。もしくは暴力に慣れた者特有の剣呑さがある。
◇
すでに店を囲まれてしまっている。
連中のお目当て?
そんなもの考えるまでもあるまい。夜光だ。どうやら敵対勢力とやらに嗅ぎつけられてしまったようだ。
「まいったな。どうしよう」
おれが困っていると、にやりとマスター。
「大丈夫、こんなこともあろうかと用意しておいたアレが、ついに役に立つときがきたよ」
言いながら店の奥、従業員用の控室へとおれを案内したマスター。
三つあるロッカーのうちの一つを開けるなり、おもむろに中身をすべて取り出す。
でもって、奥をぐいと押したとおもったら、ガコンと隠し扉が開いて、お目見えしたのは隠し通路。
「なっ、どうしてこんなものが」
驚くおれにマスターは「隠れ家に、隠し扉に、隠し通路は男のロマンだろ?」とウインク。くぅ~、さすがはミスターダンディ、よくわかってる。いくつになっても遊び心を忘れないだなんて、柴田将暉ってばやっぱり素敵すぎる。
というわけで、さっそく娘っ子どもを呼び寄せて事情を説明し、おれたちは隠し通路へと……。
◇
隠し通路といったって映画じゃないので、すぐ裏の建物の地下にまで通じているだけ。
距離は十メートルもない。だからあっという間に通り抜ける。
抜けた先はプレハブの物置のような建物にて、マスターが私物を保管してある場所。
夜光と桔梗には身を伏せておくように告げて、おれはひとりすりガラスの窓際へ。
こちらの姿が映らないように気をつけつつ、外の様子をうかがう。するとドタバタと建物の前を走っている人影があった。
どうやら囲んで待ち伏せをしていた連中、急にターゲットを見失ってあわてふためていているらしい。
残してきたマスターのことはちょっと心配だが、もしものときには商店街の連中が駆けつけるだろうし、なんといってもここはカラス女のお膝元。いざともなれば安倍野京香の怪鳥蹴りが炸裂し、銃口が火を噴くはず。
だからここは任せて、しばらくほとぼりを冷ましてから、おれたちは乙姫さんの拠点である郊外の物流倉庫を目指すことにする。
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