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702 大人の寄り道
しおりを挟む憧れの桔梗お姉さまと、おしゃれなカフェでお茶をしたい。
という人魚姫さまのささやかな願いを叶えることになったものの……。
「高月でおしゃれなカフェといえば、千祭のところの下か、兎梅デパートの屋上なんだけど」
「千祭さんのところはさすがにちょっと」
「だよなぁ」
おれと桔梗の会話の意味がわからず、きょとんとしている夜光。
千祭史郎(せんやしろう)が支部長を勤める桜花探偵事務所高月支店があるのは、高月城北商店街の一画。それすなわち、桔梗の実家である呉服店「阿紫屋」から目と鼻の先ということ。
おれと夜光だけならばともかく、地元で知らぬ者がいない美少女の桔梗を連れてそんなところでお茶をしていれば、ご近所さんから見咎められて、たちまち桔梗の母である竜胆の耳にも届くであろう。
「あらあら学校をサボって何をしているのかしら? 尾白さん、よくもうちの娘をたぶらかしてくれたわね」
顔は笑っているけれども、目がちっとも笑っていない竜胆から詰め寄られたら、おれはたちまちすべてを白状してしまうことであろう。あの人、なんかおっかなくて苦手なんだよ。
なにより竜胆の背後には裏千社(うらせんじゃ)がついている。
京の都は伏見稲荷に居を構える互助組織。高位の稲荷を上位に置き、数多のキツネどもを従えており、その影響力は日ノ本屈指。鬼ともども絶対に揉めたくないところの筆頭候補といっても過言ではない。
「となれば兎梅デパートなんだけど、あそこもちょっとなぁ」
なにせ少し前に、綾ちゃん先生絡みにて地獄の三者面談をやったあげくに、大勢を巻き込んでの大乱闘をやらかしたもので。
出禁こそは喰らっていないが、おれはどうにも気が進まない。
「尾白さん、そちらの高月中央商店街の方で、いい雰囲気のお店はないのですか?」
桔梗からたずねられて、おれは腕組みして「うーん」
カフェというか喫茶店ならば何件かある。だがそのすべてが昭和レトロ調にて、いま風にいえば純喫茶とかいうやつ。
コーヒーを頼んだら、お盆片手にぷるぷる震えながら老婆や老爺がカップを運んでくるようなところ。あれだけカチャカチャ小刻みに震えながらも、中身を一滴も零さないのには感心する。けど運ばれてくるのをじっと待つ間、こっちはずっとドキドキしっ放し。あれはシンドイ。ちっともリラックスできやしない。
だから馴染み客はみなカウンターに座る。そうすれば運ぶ手間がかなり省略されるからだ。あとめっちゃ聞き耳立てては、会話に絡んでくるし。でもナポリタンだけはやたらと美味かったりもするけど。
ダメだな。はっきりいって初心者の小娘どもには難易度が高すぎる。
「飲み屋ならいくらでも心当たりがあるだけどカフェとなるとなぁ……」
ぶつぶつ思案することしばし、急に閃いたおれはポンっと手を打つ。
「おっ! あるじゃないか、おれさまイチ押しのおしゃれスポットが。あそこならばお嬢さま方でもきっと納得するはず」
◇
で、夜光と桔梗を案内したのは高月中央商店街にあるバー「フェール・アン・ドゥトール」
ここはおれの行きつけのバーにて、ミスターダンディこと柴田将暉(しばたまさき)がマスター兼オーナーをしているお店。
柴田将暉は苦み走った魅力があふれる大人の男にて、そこにいるだけで酒の味が何倍にもうまく感じる。おれが密かに憧れ目標としている渋い人物でもある。
そんな彼はシベリアンハスキーがドロンと化けたもの。ちなみに店名はフランス語で、意味は「寄り道」なんだとさ。
商店街内にある雑居ビル、そこの脇から半地下へと通じる階段を降りた先。
見た目は重厚そうなのに、押せば軽やかに開く扉。
ほどよい照明の灯りが目に優しく、ほっとさせてくれる。天井はさほど高くはない。奥行もさほどではないけれども、不思議と圧迫感は感じない。
内装は木目を基調としたシックなもので統一されており、過度な調度品は一切なし。落ちついた雰囲気にて、大人が静かに酒とタバコを愉しめる、絶妙に居心地のよい憩いの空間。
そんなバーだが、じつはお昼にはカフェとしても営業している。
ただし大々的には宣伝せずにひっそりと。
マスター的にはあくまで夜の方が経営主体ということのようだ。
こういうところは初めてらしく、夜光と桔梗は物珍しげにキョロキョロ。
「ふーん、冴えないおっさん探偵のわりにはやるじゃない。いいわね。気に入ったわ」と生意気な夜光。
「噂には聞いておりましたけど本当に素敵なお店ですね。お酒が愉しめる年齢になったら、ぜひともここで芽衣さんらとカクテルとやらを味わってみたいものです」とは出灰桔梗。
そんな二人を横目におれは常連ぶって「やあ、マスター」と声をかける。
「おや、いらっしゃい。お昼に顔を出されるとは珍しい。それも可愛いお連れさんとご一緒だなんて、尾白さんも案外すみにおけませんね」
あいかわらずの魅力的なハスキーボイスと所作に、小粋なセールストーク。
おれはメロメロになりながらも、勧められるままに奥のテーブル席へと向かい、娘たちもこれに続く。
でもって、おまかせランチを三つ頼んで、昼食兼お茶会がスタート。
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