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700 憧れの王子さま
しおりを挟む「素敵な王子さまをゲットするぜぇい! そしてバラ色の青春を謳歌しちゃうんだからっ」
人魚族の女特有の衝動に突き動かされるままに、家を飛び出した人魚姫の夜光。
いまどき女子の必須アイテムであるスマートフォンはあえて残していく。GPS機能とかで追跡されたら困るから。
でもって、持っていくのはおサイフのみとした。
だが、そうやって出かけてみたはいいものの、イケメンなんてそうそう都合よく落ちているものではない。ましてやここはヒョウ柄の生息地である大坂と、魑魅魍魎が跋扈する京都の狭間である高月の地。いい男はそこそこいるけれども、人魚姫のお眼鏡に叶うかどうかは微妙なところ。
人が集まりそうな駅前を探すもちっとも見当たらない。
デパートやら商店街なんかもうろついてみたけど、「うーん、なにげに若い人の姿が少ない気がする。年寄りばっかり」
少子高齢化の波は着実に僻地にも押し寄せているのをまのあたりにしつつ、巷を徘徊する夜光。
で、慣れない人化にてあちこち歩いたもので、すっかり尾ヒレが変じている足が棒になってしまった。
夜は朝までやってるファーストフード店か、ファミリーレストラン、あるいはマンガ喫茶なんぞでやり過ごすとして、まだ黄昏時を少し過ぎたぐらいでちと早い。
ゆえにちょっと立ち読みでもして時間をつぶそうかと考えて、最寄りのコンビニエンスストアへ。
しかしそこはウインドサイズのメンバーらがいつもたむろしている店舗であった。
ウインドサイズ。
地元でぶいぶいいわせている元半グレ集団。メンバーは全員イタチで構成されている。かつては裏社会のルールを無視して、ファイトクラブなんぞを経営しては荒稼ぎをしていたが、いまはとある不良刑事の管轄下におかれて、まじめにちゃらちゃらグレており、夜な夜な集まってはダンスやらラップ対決に興じている。
「あれ、見かけねえカワイ子ちゃんじゃねえか」
「へい、彼女、これから俺たちとバイクでツーリングにいかない?」
「今夜、ダンス大会があるんだけど、どうよ」
「ラップに興味ない?」
「我らウインドサイズ、女子メンバーはいつでも大歓迎」
彼らに悪気はなかった。からかうつもりもなかった。
だが中身はともかく外見はちゃらちゃらヤンキー風なもので、夜光はたいそう怯え、そしていきなり駆け出し逃げた。
だがこれは悪手。
なぜなら動物のたいはんは、逃げたらとりあえず追うという習性を持つから。そしてイタチはけっこうな肉食動物。
夕暮れ時の街角を、多数の野郎どもに追われるハメになった夜光。
さぞや心細かったことであろう。
そして逃げ惑ううちに、ついに袋小路へと迷い込んでしまい万事休す。
乙女のピンチ? なのかどうかはともかく、少なくとも夜光はそう感じた。
するとそこに颯爽と駆けつけた者がいた。
「女子を多勢にて追いかけ回すなんて言語道断!」
上下黒のジャージにて、黒のキャップを被ったその人物はたまさかロードワーク中に騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれたよう。ドカっ、バキッ、ていやっと、瞬く間に男たちをのしてしまう。
そしてへたり込んで半べそをかいていた夜光に手を差しのべ「大丈夫?」と優しく声をかけたという。
◇
「まるで黒い風のようだったわ。超かっこよかった、素敵」
憧れの王子さまとの出会いのシーンをうっとり語る人魚姫。
たしかに話を聞いているだけならば、まるで少女マンガのワンシーンのようだ。おれでもコロリと惚れてしまいそう。
でもおれは途中から「ううん?」と内心で首をひねってもいた。
全身黒づくめにて、腕が立って、親切で、倒れている女性にさりげに手を差しのべられる人物、でもって高月南高校のイケてる生徒……。
「ちなみにその相手の名前はわかってるのか」
「当たり前でしょう。バッカじゃないの。でなかったらこんなところで出待ちなんてしてないわよ。だってあの方はご自分でちゃんと名乗ったんだもの。『私は高月南高校で生徒会長をしている出灰桔梗です。もしもまた何か困ったことがあったら、遠慮せずにご相談ください』って。きゃーっ!」
おれは「あちゃあ」と天を仰ぐ。「そっちかよ」と眉間を指でぐりぐり。
いや、いざ家出娘を探す前に、相手のことを知りたいからと、母親の乙姫さんに頼んで夜光の部屋を検分させてもらったのだ。もちろん乙姫さん立ち合い監修のもと、若い娘のプライバシーには最大限に配慮して。
とはいえべつに机の引き出しやら、クローゼットの中身を検めたりはしていない。
ざっと部屋の様子を見せてもらっただけ。
インテリの趣味や本棚に並ぶ書籍の種類、机の上の状態、ベッドまわりなんぞをチラ見するだけでも、得られる情報はけっこう多いのだ。
で、まっ先に目についたのは部屋の一画。
そこは夜光がドはまりしているというアニメ関連のグッズにて埋め尽くされており、ちょっとした祭壇のようになっていた。その中にあったのだ。映像関連にまぎれて、舞台化されたものを収録されたブルーレイディスクが。
キャスト全員が女性にて、いわゆる宝塚系というやつ。
女役、男役ともに煌びやかで、舞台がとってもキラキラしており、夢いっぱい。おれなんぞはパッケージだけで「おっふ、まぶしい」と圧倒されたものである。
そこそこ社会の荒波にもまれて経験を積んできたおっさんですらこれだ。
ほぼ無菌室状態の箱入り娘ならばイチコロであろう。ったく、なんて罪作りなステージなんだろう。
ちょうどそのときキンコンカンコーン。
授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いたもので、これさいわいとおれは愛用のガラケーを取り出す。
放課後までこんなところで、だらだら待ってなんていられない。
そこで手っ取り早く憧れの王子さまを呼び出すことにする。
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