おじろよんぱく、何者?

月芝

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699 探偵と人魚姫

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 タクシーなんぞで校門前へと堂々と乗りつけた日にゃあ、無駄に目立ってしまう。
 なにせ学校は生徒たちの縄張り。なんだかんだで若人たちは目敏い。ヘンなおっさんがちょっと周囲をうろついているだけで、即通報とかされかねないから油断ならぬ。
 というわけで、ひとつ手前の角にて停車してもらい、おれはそこから徒歩へと切り替えたのだが……。

「うん、なんだアレ? 不審者か?」

 校門近くの路地、ちょうど自動販売機と電柱の陰になっているところから、学校の方をうかがっている人物を発見。
 背丈は百六十センチ少々といったところ。体つきはほっそり華奢。若いな。ちょうど少女から乙女へと変わる中間ぐらいの年頃の娘っぽい。
 そんな子がハンチング帽にサングラスにマスクにコート姿という、不審ないでたち。

「……ひょっとしてアレで変装しているつもりなのか? 逆に目立ってどうする」

 呆れつつおれは懐から出した写真とその人物をしげしげ見比べる。
 やや遠目ゆえに、ちと判断しにくいが、まず間違いないと思われる。
 母親の乙姫さんから聞いていた特徴と一致している。

「フム。めずらしく推理が当たったな。しかも一発目にしてヒットするとは、我ながら自分の探偵としての才能がおそろしい。数々の試練がついにおれを覚醒させたようだ。まぁ、何度もえらい目に合ってきたことだし、これぐらいの特典がなければ、とてもやってられん。だが、いまの勢いならば怪盗ワンヒールも捕まえられそうな気がする。それどころか高月に巣食う迷惑な変態どもをも一網打尽に」

 なんぞと考えつつ、つかつか近寄り「もしもし夜光さん」
 いきなり背後から声をかけられてびくりとなった不審者。
 おそるおそるこちらをふり返りながら「オー、ヒトチガイデース」と片言に答えたのは、もしかして外国人のフリをしてとぼけるつもりなのかしらん。

「いや、さすがに無理があるでしょう。っていうか、こんなところで何をしてる? 乙姫さんがえらく心配してたぞ」

 母親の名前を出されたことで観念したのか、「ふぅ」とサングラスをずらして、こちらを上目遣いにてにらみながら、「ちぇっ」とかわいい舌打ち。

「どうせお母さんに頼まれたんでしょう? 連れ戻して来いって」
「まぁ、そんなところだ。おれは尾白四伯。でもって職業は探偵な」
「探偵ってことは、もしかしてあのオシャレなカフェの二階にある桜花探偵事務所の?」

 桜花探偵事務所は全国展開している業界最大手のところ。
 ちなみに社長は赤鬼の長である桜花朱魅(おうかあけみ)。とってもおっかない鬼女。
 でもって高月支部をまかされているのは、おれとは「駄犬」「雑種」と呼び合う仲のドーベルマンカマこと千祭史郎(せんやしろう)である。
 まぁ、あちらさんはテレビでもコマーシャルをばんばん流しているし、フリーダイヤルとかで二十四時間相談を受け付けているし、線路や国道沿いに大きな立て看板とかも出しては、定期的に新聞にチラシを挟んでばら撒いたりしているものだから、知名度では群を抜いている。
 ゆえに夜光が探偵と聞いて、まっ先にうちの商売敵を思い浮かべてもしようがないこと。
 というか、これがごく一般的な反応である。

「ちがう。そっちじゃない。駅向かいのオシャレじゃない商店街の方の、イケてない雑居ビルにある探偵事務所のもんだ」

 とりあえず訂正し、誤解を解いておく。
 すると夜光は「なんで、そんなうさんくさいところに、うちのママったら頼んだのかしら」と首をかしげつつ「見た目も冴えないモジャモジャ頭なのに。あっ、でも私をちゃんと見つけているんだから、そこそこ優秀なのか」

 家出中のマーメイドプリンセスは失礼な独り言をぷつぷつ。
 べつに人のことをどう思おうが自由だが、せめて当人のいないところでやってくれ。地味に傷つくから。

「……まぁ、いいか。それよりもそんな格好で校門まわりをうろついてたら、目立ってしようがない。最悪、とっくに通報されてるかもしれん。めんどうに巻き込まれる前にとっとと引きあげるぞ」

 これで依頼は完了。ボロい仕事だった。
 と思いきや、ここで夜光が「イヤよ」と帰宅を断固拒否。
 でもって「ダメだ」と無理矢理にでも連れ帰ろうとしたら「放せ、このヤニ臭おやじ。私は帰らないの。もしもどうしてもってんなら、変態に襲われてるーって、大声で叫んでやるんだから」と脅され、おれは「えー」と呆れ顔。
 あの母親にしてこの子あり。
 どうやら人魚族の女性というのは、積極的かつ情熱的にて、すこぶる性質も悪いとみえる。
 とはいえ、この状況で騒ぎを起こされたら、十中八九、向こうに軍配が上がる。

 はぁ、と嘆息したおれは「じゃあ、どうすれば帰ってくれる?」とたずねたところ、夜光はむーんと胸をそらし言った。

「もちろんあの方に会うに決まってるでしょう」と。

 マーメイドプリンセス、すでにお目当ての王子さまには目星をつけているようで、こうして校門前にて相手が出てくるを待っていたそうな。
 いきなり学校に突撃しなかったことだけは評価に値する。
 しかしこれを行動的と好意的に解釈するか、ストーカー気質と考えるかは、いささか判断に迷うところである。


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