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694 ご神体の正体
しおりを挟むフェイクレザー製の草臥れた来客用のソファーで目を醒ましたら全部が全部、夢だった。
という夢オチならばどれだけよかったことか。
だが現実はしょっぱい。
事務所内をパタパタ、かさかさ、やかましい怪本ども。
卓上に古書店「知恵の森」からの高額請求書がしっかり置かれてある。
でもってその脇には自費出版されたという「古沢の民俗」本。
むくりと起きたおれは「古沢の民俗」を手にとり、「えらく高くついた。これでろくな情報が載ってなかったら目もあてられん」とぶつくさ。
付箋が貼られたページがあり、どうやらここに例のナゾのご神体に関する情報があるらしいので、さっそく拝見。
で、即座に目が点になる。
さすがに百五十年に一度しか御開帳できない秘仏ゆえに、写真撮影は許されなかったとみえて、かわりに住人らから集めた情報をもとにして、描かれたイラストが掲載されてあるのだが、これがどこからどうみてもあるモノにしかみえない。
「これってマトリョーシカじゃねえの? なんでそれがこのページに載っているんだ?」
おれの言葉に芽衣も「やっぱり誰が見てもそう見えるよねえ。わたしもそう思った」と肩をすくめる。
マトリョーシカ。
とある北国の民芸品の入れ子人形。
大きなのを胴体のところでパカンと上下にあけたら、中から少し小さいのがあらわれて、これをまたパカンと上下にあけたら、またまた少し小さいのがあらわれる。以降、これを五度も六度もくり返すことになる。
世に広まったきっかけは千九百年のパリ万国博覧会。ここで受賞してからいっきに各地で類似品が増えたという。
ルーツはいまいちあやふや。諸説あり、なんともいえない。
うーん、おれなんぞはこれを見るたびについ連想しちゃうのが、取っ手のはずれる鍋セット。
いくつもの鍋、普通は場所をとるのだが、取っ手がはずれて一本で共有でき、なおかつ重ねて収納することで場所をとらない優れもの。
唯一の欠点は、中身ぐつぐつの鍋を持ち上げるときに、うっかり取っ手がはずれやしないかと、毎度ドキドキさせられること。メーカーさんは「百万回の耐久テストをクリアしています」とか自信満々なんだけれども、どうにも信用しきれない自分がいる。
だって壊れるときは、なんでもあっさり壊れちゃうから。
まぁ、鍋の話はどうでもいい。いささか横道にそれた。
話を元に戻そう。
「変じゃね? 計算が合わんぞ」
べつにナゾのご神体がマトリョーシカでもかまわない。
当時の集落の人たちが外国の珍しい人形を手に入れたもので、それをありがたがって大切に保管したとてなんら不思議じゃない。
しかし百五十年前に、はたしてマトリョーシカが存在したのであろうか?
芽衣としらたきさんにネットで調べてもらった限りでは、ちょっと微妙なんだよねえ。
「……というか、マトリョーシカといえば、あそこで見かけたような気がするんだが」
あそことは高月最果ての集落の小さな社。
ほぼ不用品置き場と化していた内部。奥にはご神体を保管していたという唐木仏壇。
そいつが置かれた棚の周囲には、やたらと木彫りの人形がつらつら、出し並べられていたものである。
「うん、わたしも見た。埃でほぼシロクマになってた木彫りのクマの隣に並んでたと思う」とは芽衣。
◇
とどのつまり真相はこうだ。
たぶんドロボウが入ったのは事実。
でも「しめしめ、ちょろいぜ」と仏壇の鍵を開けてみたものの、中にはマトリョーシカ。
当然ながら首をひねりつつも、「ひょっとしたらこの中にお宝が隠されているのかも」とパカン、パカンと次々に開けてみた。
が、出てくるのは、小さい人形ばかり。
だってマトリョーシカってのはそういうモノだから。
「どうやらここはハズレだったようだ。ちっ」
犯人は現場を放棄して、すたこら退散。
そんなことが起きていたとは露知らず。
後日、社へとやってきた集落の住人。
不用品をかきわけかきわけ、奥へといってみたら「ありゃりゃ、ご神体が消えちまってる。えらいこっちゃ!」となった。
だがしかし、ご神体は消えてなんぞはいなかった。
すぐ目の前にちょこんと並んでいたのである。けれども秘仏扱いのご神体であるがゆえに、その正体を知らない住人は空騒ぎ、あたふたみなのところへと報せに向かった。
「……とまあ、こんなところじゃねえかな」
かくしてナゾのご神体の正体は判明し、窃盗事件そのものが早とちりとの結論へ至る。
残ったのは、なぜマトリョーシカが仏壇の中に保管されてあったのかということだが、それを追求するのは探偵の仕事じゃない。
「さてと、じゃあ、報告書をちゃっちゃと仕上げて、集落へ報告に行くとするか」
「あっ、四伯おじさん。ついでに帰りに家具屋かリサイクルショップに寄って、本棚も買わないと」
「めんどうだな。ホームセンターで売ってる安いスチールラックでいいんじゃねえの」
おれがそう言うと、怪本どもがそろってブーブー抗議。
「なになに、ずっと冷たいスチールの長櫃の中に閉じ込められていたから、今度のは木のぬくもりが欲しいだと? ぜいたく言うな! カラーボックスでガマンしろ」
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