694 / 1,029
694 ご神体の正体
しおりを挟むフェイクレザー製の草臥れた来客用のソファーで目を醒ましたら全部が全部、夢だった。
という夢オチならばどれだけよかったことか。
だが現実はしょっぱい。
事務所内をパタパタ、かさかさ、やかましい怪本ども。
卓上に古書店「知恵の森」からの高額請求書がしっかり置かれてある。
でもってその脇には自費出版されたという「古沢の民俗」本。
むくりと起きたおれは「古沢の民俗」を手にとり、「えらく高くついた。これでろくな情報が載ってなかったら目もあてられん」とぶつくさ。
付箋が貼られたページがあり、どうやらここに例のナゾのご神体に関する情報があるらしいので、さっそく拝見。
で、即座に目が点になる。
さすがに百五十年に一度しか御開帳できない秘仏ゆえに、写真撮影は許されなかったとみえて、かわりに住人らから集めた情報をもとにして、描かれたイラストが掲載されてあるのだが、これがどこからどうみてもあるモノにしかみえない。
「これってマトリョーシカじゃねえの? なんでそれがこのページに載っているんだ?」
おれの言葉に芽衣も「やっぱり誰が見てもそう見えるよねえ。わたしもそう思った」と肩をすくめる。
マトリョーシカ。
とある北国の民芸品の入れ子人形。
大きなのを胴体のところでパカンと上下にあけたら、中から少し小さいのがあらわれて、これをまたパカンと上下にあけたら、またまた少し小さいのがあらわれる。以降、これを五度も六度もくり返すことになる。
世に広まったきっかけは千九百年のパリ万国博覧会。ここで受賞してからいっきに各地で類似品が増えたという。
ルーツはいまいちあやふや。諸説あり、なんともいえない。
うーん、おれなんぞはこれを見るたびについ連想しちゃうのが、取っ手のはずれる鍋セット。
いくつもの鍋、普通は場所をとるのだが、取っ手がはずれて一本で共有でき、なおかつ重ねて収納することで場所をとらない優れもの。
唯一の欠点は、中身ぐつぐつの鍋を持ち上げるときに、うっかり取っ手がはずれやしないかと、毎度ドキドキさせられること。メーカーさんは「百万回の耐久テストをクリアしています」とか自信満々なんだけれども、どうにも信用しきれない自分がいる。
だって壊れるときは、なんでもあっさり壊れちゃうから。
まぁ、鍋の話はどうでもいい。いささか横道にそれた。
話を元に戻そう。
「変じゃね? 計算が合わんぞ」
べつにナゾのご神体がマトリョーシカでもかまわない。
当時の集落の人たちが外国の珍しい人形を手に入れたもので、それをありがたがって大切に保管したとてなんら不思議じゃない。
しかし百五十年前に、はたしてマトリョーシカが存在したのであろうか?
芽衣としらたきさんにネットで調べてもらった限りでは、ちょっと微妙なんだよねえ。
「……というか、マトリョーシカといえば、あそこで見かけたような気がするんだが」
あそことは高月最果ての集落の小さな社。
ほぼ不用品置き場と化していた内部。奥にはご神体を保管していたという唐木仏壇。
そいつが置かれた棚の周囲には、やたらと木彫りの人形がつらつら、出し並べられていたものである。
「うん、わたしも見た。埃でほぼシロクマになってた木彫りのクマの隣に並んでたと思う」とは芽衣。
◇
とどのつまり真相はこうだ。
たぶんドロボウが入ったのは事実。
でも「しめしめ、ちょろいぜ」と仏壇の鍵を開けてみたものの、中にはマトリョーシカ。
当然ながら首をひねりつつも、「ひょっとしたらこの中にお宝が隠されているのかも」とパカン、パカンと次々に開けてみた。
が、出てくるのは、小さい人形ばかり。
だってマトリョーシカってのはそういうモノだから。
「どうやらここはハズレだったようだ。ちっ」
犯人は現場を放棄して、すたこら退散。
そんなことが起きていたとは露知らず。
後日、社へとやってきた集落の住人。
不用品をかきわけかきわけ、奥へといってみたら「ありゃりゃ、ご神体が消えちまってる。えらいこっちゃ!」となった。
だがしかし、ご神体は消えてなんぞはいなかった。
すぐ目の前にちょこんと並んでいたのである。けれども秘仏扱いのご神体であるがゆえに、その正体を知らない住人は空騒ぎ、あたふたみなのところへと報せに向かった。
「……とまあ、こんなところじゃねえかな」
かくしてナゾのご神体の正体は判明し、窃盗事件そのものが早とちりとの結論へ至る。
残ったのは、なぜマトリョーシカが仏壇の中に保管されてあったのかということだが、それを追求するのは探偵の仕事じゃない。
「さてと、じゃあ、報告書をちゃっちゃと仕上げて、集落へ報告に行くとするか」
「あっ、四伯おじさん。ついでに帰りに家具屋かリサイクルショップに寄って、本棚も買わないと」
「めんどうだな。ホームセンターで売ってる安いスチールラックでいいんじゃねえの」
おれがそう言うと、怪本どもがそろってブーブー抗議。
「なになに、ずっと冷たいスチールの長櫃の中に閉じ込められていたから、今度のは木のぬくもりが欲しいだと? ぜいたく言うな! カラーボックスでガマンしろ」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる