689 / 1,029
689 パンドラの箱の希望ちゃん
しおりを挟む愛用のガラケーにて事務所に電話を入れて、「ごめん、ちょっとこっちを手伝って」と言えば、あら不思議!
電話を切った数秒後には、背後からおれの首筋へとしゅるりとからまる、二本の艶めかしい白い腕が出現する。
我が尾白探偵事務所が誇る第二助手のしらたきさん、お呼びとあらば即参上。
以前は人のうしろにくっ憑いてのみ移動ができていたのだが、気づいたらこうなっていた。とはいえ誰でもとはさすがにいかない。憑き主であるおれ限定のみ。
さらに怪異度に磨きがかかっている。どうやらしらたきさんは日々仕事をこなすうちに、スキルアップをしているようだ。
あれだけもりもり食べているのに、乳も尻もちっとも成長しない第一助手とはえらいちがいである。
「ねえ、四伯おじさん。いまなにか失礼なこと考えてなかった?」
妙なところでカンがするどいタヌキ娘には「そんなことないよぉ。気のせい気のせい」と、おれはへらへら誤魔化しておく。
一方でしらたきさんに挨拶をしている零号は「やはり何度目にしても不思議な現象です。私の機械の目でもこうやって認識できるのに、映像の記録には残りません。いつのまにかデジタルデータが消失しているのです。そのくせ昔ながらの写真には残る。まったくもって興味深い存在です」なんぞと言っている。
膨大の書の海から一冊をサルベージ。
ネコの手も借りたい状況ゆえに、怪異の手を融通した。
とりあえず四人態勢で、いざ、出陣!
◇
三時間後……。
「だ、ダメだ。ぜんぜんみつかんねえ」
栄養ドリンクをぐびりとやりながら、おれはぐったり。
「くっ、まさか母玄さんのコレクションの中に、昔のマンガまで含まれていただなんて」
持ち前の元気さを活かして、次々とダンボールを開封しては中身を調べていた芽衣。快調に飛ばしているも、それを阻止したのがマンガ雑誌。ふと興味を覚えてつい手にとった雑誌のページをめくったのが運の尽き。
そこからどっぷり沼にはまって、気がついたら「ハッ! うそ? 時計の針がこんなに進んでいるだなんて、いつのまに。ひょっとしてわたし、時間跳躍でもしちゃったのかしらん」とキョロキョロ。
「…………………。あっ、これメールでお客さまから問い合わせがあった本です。こんなところに」
淡々と確認作業をしつつ、データベース化も進め、さらに整理しながら、ついでに客の依頼もこなしている零号。
彼女の勤勉さこそが、店主の怠惰な勤労実態と殿様商売ぶりを如実にあらわしている。
というか、母玄のじいさんは、とっとと経営から身を引くべきであろう。
そんな零号をもってしても進捗状況は芳しくないのが現状。いかに有能とて彼女は一体きりにて、その腕は二本しかないのだ。
「うーん、こりゃあ、本気で腹をくくったほうがいいのかも」
短期決戦を諦めて、どっしり腰を落ち着けて計画的に長期戦に臨むの覚悟。
というわけで、今日はもうおしまいにして、明日からの戦いに備えよう。
そんなことを考えていたら、ちょんちょんと肩をつつかれた。しらたきさんである。
「どうした?」
と問えば、手招きにてちょいちょい。「ついてこい」
で、行ってみたら奥に怪しげなスチール製の長櫃が置いてあった。
鎖でがんじがらめにされて、ごつい錠前で封がされてある。
スチール製の長櫃を目にした瞬間、ぱっとフラッシュバック。
脳裏に浮かんだのはかつて古書店の地下室にて発見した怪本のこと。節々した足にてカサカサ這うように動く。とにかくすばしっこくて捕まえるのにたいそう難儀した。
「なんていうか、もう、イヤな予感しかしない。あれのデラックス特装版とか、冗談じゃねえぞ。これはスルーするのが正解だろう」
すると「なになに、お宝の古文書でも出てきた?」とのぞきにきた芽衣もナゾの長櫃を見るなり「げっ、怪しげなにおいがぷんぷんする。ミイラでも入ってそう」とか言い出す始末。
探偵と助手、過去の苦い経験から「これは触れないほうがいい」と判断。
しかし零号はちがった。
「ざっと外からスキャンしたかぎりでは、内部には本がぎっしり詰まっているみたいです。尾白さん、パンドラの箱の例えもあります。いちおうは調べておくべきかと」
言ってることは正しい。
だが例えがちょっと……。あまりにも縁起が悪すぎるっ!
散々に迷惑なものを吐き出し尽くしたあとで、「はーい、みんなお待たせえ。希望ちゃんの登場でーす」とか言われても、とても素直には喜べない。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
推理小説家の今日の献立
東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。
その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。
翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて?
「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」
ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。
.。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+
第一話『豚汁』
第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』
第三話『みんな大好きなお弁当』
第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』
第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』
御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。
乙女フラッグ!
月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。
それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。
ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。
拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。
しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった!
日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。
凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入……
敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。
そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変!
現代版・お伽活劇、ここに開幕です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
高槻鈍牛
月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。
表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。
数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。
そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。
あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、
荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。
京から西国へと通じる玄関口。
高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。
あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと!
「信長の首をとってこい」
酒の上での戯言。
なのにこれを真に受けた青年。
とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。
ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。
何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。
気はやさしくて力持ち。
真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。
いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。
そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。
なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる