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679 とりあえず総括
しおりを挟む素人の女ひとり、くびり殺すことなんぞ造作もない。
首尾よく邪魔者を始末した三木王路とその一味。
橋都十和子を事故死に見せかける細工を施し、念のために知り合いの警察関係者にも根回しをしておき、よしんば捜査が始まっても早々に打ち切る手筈を整えたところで、現場から引きあげようとしたのだが……。
「しかしこれだけの土地と家に資産、みすみす国なんぞにくれてやるのはもったいないですねえ」
橋都十和子は独身にて、相続人が見当たらない。
まだ五十歳という享年ゆえに遺言書の類も作成していない。
だからすべては国の懐へと転がり込むことになる。
なにげに部下が発したこの言葉に、ぴくりと反応した三木王路は急に思案顔となる。フムと独りごちては「たしかにそうだな。みすみすくれてやることもない、か」
そこでつき合いのある地面師詐欺やら、相続詐欺なんぞを手がけているグループに連絡をとり、すぐさま段取りをつける。
もちろん根こそぎ奪うための算段であった。
「どうせあの世に金は持っていけない。ならば生きている自分たちが有効に活用してやるのが、せめてもの供養ってものだろう」
かくして悪党の身勝手な理屈により、ひとりの仕事熱心で善良な女性が殺され、そのすべてが奪われ、不都合な真実は闇へと葬られてしまった。
◇
すでに時刻は十二時過ぎ、ところは夜更けの探偵事務所。
おれより仔細の報告を受けた依頼人であるアライグマのうわねさんは、電話口にて「ひどい、ひどすぎる」と嗚咽。
でもってちょうど事務所から電話をかけているところに居合わせた、カラス女はくわえタバコにてしかめっ面。
今回の件、安倍野京香は独自に動き、警察内部の獅子身中の虫の方を探っていた。いろいろとわかったからと話のすり合わせにやってきたところ。
敵勢の首魁は犯罪ブローカーの三木王路。
これに協力していた警察関係者は、前田洋平なる人物。階級は警視正。なかなかの野心家にて、やり手としても有名であったが、順調であった出世街道を歩いているとおもわぬ石に躓いてしまう。
とある事件の捜査中に知り合った関係者の女と、うっかり男女の仲になってしまったのが運の尽き。
というかそれは三木王路が仕掛けたハニートラップ。
弱味を握られてしぶしぶ言うことを……であれば、まだ少しは救いがあったのだが、先にも述べたとおり、彼は野心家。それもいざともなればライバルを蹴落とすことも辞さないタイプの性質が悪いやつ。
出会うべくして出会ったふたり。
まるで互いの尻尾を喰いあう二匹のヘビのごとく、がっつりと結びつき、表向きは蜜月の関係に、裏ではいざともなれば相手を丸呑みしてやろうと虎視眈々と狙う関係に、となる。
◇
電話を切るのを待ちわびて、カラス女が「そういえばここに忍び込んできたとかいう、二人組はどうしたんだ?」とたずねてきたもので、おれは「それなら菜穂のところに預けてある。悪党でもいちおうは健康体だからな。いろいろ使い道があるんだとよ。念のために芽衣を見張につけてあるから。あぁ、もちろんあとでそっちに引き渡すようには言ってある」と答える。
「しかしとんでもない野郎だな、三木王路ってのは。こんな至極真っ当な悪党を相手にするのは、はじめてかもしれん」
おれもタバコに火をつけては、しみじみ。
人間の悪い部分を煮詰めて凝り固めたかのような存在。法の目をかいくぐり、人心をまどわし、平然と他者の生活を踏みにじり、人生を振り回しては台無しにして、せせら笑っている。
大坂と京都の狭間にある高月みたいな僻地では、なかなかお目にかかれない本物のワル。悪魔みたいな男。けっしてお近づきにはなりたくないタイプの人間だ。
「知っちまった以上は、さすがに野放しにはできないか。というか、散々に挑発したもので、向こうさんにはこっちのことはすっかり知られちまっているし」
「もちろん警察も動く。とはいえ、この手の悪党は、ぬるぬるのドジョウみたいに掴みどころがなくて、すぐにすり抜けやがるからなぁ」
「そうそう。そして泥に潜って、ほとぼりがさめるとまたぞろひょっこり。同じことをくり返すと相場が決まっている」
「まったく、いっそ捕り物のときにどさくさにまぎれて撃っちまうか」
そんな物騒なことを言いながら、カラス女が腰をあげる。
おれもいっしょになって事務所を出る。路地裏の診療所へと向かい、芽衣たちと合流するため。
「じゃあな」
「また連絡する」
雑居ビルを出てすぐのところで、カラス女と別れたおれはひとりシャッター街となっている商店街を歩く。
昼間のにぎわいがウソのように閑散としている夜の商店街。
ここに住む者としては見慣れた光景だが、このギャップ、どこか異空間に迷い込んだかのような感覚は、なんど味わっても不思議なもの。
そんな柄にもないロマンチックなことを考えつつ、新たなタバコに火をつけようとしたところで、急にパッと背後が明るくなった。
クルマのヘッドライト?
しかもハイビーム! まぶしっ!
手をかざし光を遮ろうとしたところで、耳に届いたのは甲高い音。急発進によりタイヤが路面をこすってキュキュッと鳴る音。
「あっ」
気づいたときにはドンっ。
強い衝撃を受けて、おれのカラダは宙を舞っていた。
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