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651 七福神めぐり 暗黒米
しおりを挟む境内の片隅に山と積まれているのは米俵。
これより十五メートルほど離れたところに立つのは、着ぐるみの大黒くん。
その手にはギラリと光るモノがあった。
剣呑な輝きを放っているのは一本の鉈。
「鉈って、あの鉈?」
「薪を割ったり、竹を割ったりするのに使う、あの?」
「でも、どうしてナタ?」
はてと小首をかしげる観衆たち。
それにはかまうことなく、おおきく振りかぶった大黒くん。おもむろに鉈をぶん投げた。
ぎゅるぎゅるぎゅる……。
縦に回転する刃が宙に弧を描く。
勢いのままにズドンと米俵に命中。
たちまち裂け目から、さらさらと零れ落ちてきたのは脱穀済みの白米。
ゆるキャラが鉈を投げるという、シュールかつショッキングな場面に遭遇し、一同唖然。
なのに当の大黒くんは気にした様子もなく、ぬけぬけとこう言った。
「これはナタスローイングというゲームっス。これであちらの的をズバッとさせられたら、御朱印が大幅プライスダウンになるっス。ちなみにワンプレイにつき五百円かかるっスので、あしからず」
ミニゲームとやらにチャレンジするのもタダじゃなかった。
まさかの有料制に「せこいぞ」「守銭奴」「鬼っ」なんぞとブーイングが起こるも大黒くんは、どこ吹く風である。
というか、着ぐるみゆえに表情がさっぱりわからない。
そしてゲームを一発クリアしたとて、結局、御朱印代と参加費用で二千五百円もかかることになる。もしも失敗したら、ずんずん加算するばかり。クレーンゲームとかといっしょでムキになったが最後、どつぼにはまりかねない。
「っていうか、これってパクリじゃね? もとネタは斧を投げるアックススローイングとかいうやつだろう。海外で流行ってるっていう、あのイカれた遊び」
的に向かって斧をぶん投げてはヒャッハー。絵面がけっこうマッドな世紀末的遊戯。
おれがズバリ指摘すると大黒くんは「そうっス。でも斧ってちゃんとしたのを買いそろえるとめちゃくちゃ高いっス。そこで代用品として手近にあった鉈を使うことを閃いたっス。これも神仏のご加護っス」とあっさり認め「これはあくまでオマージュっス」と開き直った。
「……にしても大黒天って、仮にも五穀豊穣の神さまだろう。それがお米で遊んでいいのかよ」
「ノープロブレムっス。ふだんから踏んづけて足蹴にしているから、いまさらっス。それにあの的にしている俵の中身は闇米の粗悪品っス。産地偽装の常習犯である性質の悪い違法業者から、JA(農業協同組合)が没収したのを提供してもらったもんっス。寺の境内にいるハトすらも見向きもしないクズ米にて、ブタの餌以下っス。とてもマズくって喰えたもんじゃないっスから、ゆくゆくは焼却処分っス。だから遠慮は入らないっス」
大黒くんの話におれは頬をひくつかせる。
おっふ。おもっていたよりも闇が深かった。闇米どころか、とんだ暗黒米じゃねえか。これは下手に首を突っ込んではいけない話題だ。最悪、明石の海に沈められかねん。
だからさらりと受け流し、おとなしく五百円を払ってゲームスタート。
◇
ズドンと鉈が米俵に命中するたびに、あがる歓声。
喜んでいるのは高月中央商店街ご一行にて、鉈を投げているのは芽衣である。
おれ? やらないよ。草野球でもギリギリなのに重量のある鉈なんて投げたら、肩がヤバいことになりかねん。ご利益を授けてもらいに寺までやってきたのに、おみやげに四十肩なんぞはいらん。
それはみな同じ。だからこそここは若い芽衣の出番である。
芽衣は打つのもイケるが、投げるのもわりと得意な二刀流。岩をも砕く鋼の強肩にて、ゲームをクリアしては御朱印割引の権利を獲得していく。
比例して的の米俵がみるみるズタボロになっていく。
すっかり商売あがったりの大黒くん。着ぐるみが四つん這いとなりガックシうな垂れている。
ちょっと気の毒になったおれは彼にアドバイス。
「御朱印の転売防止なら、日付と相手の名前をいっしょに記帳すればいい。ついでに記帳する際には身分証の提示をもとめたらどうだ? ごちゃごちゃぬかす輩は相手にしなければいい。そういうヤツにかぎってロクすっぽお賽銭をしないから」
その言葉にハッと顔をあげた大黒くん。
「たしかにその通りかもっス。でもそうすると担当の木下さんの負担が増して、彼女の機嫌が悪くなるっス。あの人、現住職よりもずっと古株で檀家の総代ともツーカーの仲っス。かつては先代の愛人説が流れたこともある八浄寺の裏ボスっス。怒らせると超怖いっス」
着ぐるみが小刻みに震えている。
あのおばちゃん、そんなにやばい相手だったのか。
だがそれでも問題はない。解決方法ならばちゃんとある。
おれはポンとやさしく大黒くんの肩を叩きながら言ってやった。
「時給あげればいいじゃん。もしくは歩合制にするとか」
成果に応じて報酬が貰えるとなれば、御朱印を書く筆もさらさら軽やかに動こうというもの。最悪、プリンターを導入するという手もある。
えっ、ありがたみがない?
ノンノン、近頃では卒塔婆や位牌の文字をそれで済ますところも多いんだから、問題なかろう。印刷機のリースもあるみたいだし。そもそも、パートのおばちゃんが書いている時点でありがたみもへったくれもありゃしない。
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