おじろよんぱく、何者?

月芝

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647 温泉問答

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 議論が紛糾しているのは、高月中央商店街の会合。
 いい歳をした大人たちが二手に分かれてやんや。
 ではいったい何をモメていたのかというと……。

「温泉っていったら有馬だろうが!」
「ちがう、南紀白浜だっ!」

 関西の奥座敷、日本三古湯のひとつにて、かの枕草子でも清少納言に絶賛され、太閤さまも「こりゃええわ」と褒めてはしっぽり入り浸り、天下の三名泉に数えられるのが有馬の湯。江戸時代には温泉番付で最高位の西の大関に格付されたこともある。
 とかくヒトはランキングが大好きな生き物なのだ。
 そしてそれに便乗する動物たちも、けっこう気にしては情報に踊らされている。

 一方の南紀白浜温泉もまた負けてはいない。
 かつて熱海、別府と並び日本三大名温泉と称されていた。これまた歴史が古くこちらも日本三古湯のひとつに数えられ、古代には歴代天皇がこぞって通っては浸かりにきたものである。万葉集にも謳われている。海に面しており、とっても見晴らしがよくて風光明媚。沈む夕陽を眺めながら浜辺を並んで歩けば、ふたりの距離もぐっと縮まることまちがいなしにて、近年では気軽に行けるリゾート地として、畿内での人気がぐんぐん急上昇中。

 有馬温泉は山の雄。
 南紀白浜温泉は海の雄。

 どちらもいい湯だ。
 どちらもいい観光地だ。
 どちらも楽しい場所だ。
 山の幸、海の幸をたらふく喰らい、尻をぬくぬく温め、心身ともにリフレッシュをはかるのには絶好のロケーション。

 しかしここだけの話、ぶっちゃけおれこと尾白四伯は有馬温泉派である。
 理由は以前に和歌山の南紀にて、攫われた綾ちゃん先生を巡り緑鬼どもと派手にやり合ったから。奈良みたいに出禁こそは喰らっていないものの、なんとなく敷居が高い。しばらくはあそこに近寄りたくない。
 とはいえ温泉に罪はない。有馬、白浜、ともに甲乙つけがたいものがある。
 だから「どっちも素敵スポットでいいじゃない」と話をまとめたいところだが、そうはいかない事情があった。
 それは商店街の組合主催の慰安旅行先を、是が非でも決めなければいけないからである。

 組合員の大半が客商売にてみんな自分の店がある。そうそうそろって休める身分じゃない。
 でもひさしぶりにチャンスが巡ってきた。商店街のアーケードの天井がけっこうビリビリになってきたので、ここいらで全面改装しようということになり、それに合わせて二日間ほど全店休業となる。
 この日程に合わせて慰安旅行へとくり出そうと考えた次第。
 けれども予算と時間の関係から、行けるところはどうしたって近場に限られてしまう。

「え~、京都? 何もかも高いからヤダっ」
「うーん、奈良ねえ? ちょっと地味なんだよなぁ……」
「滋賀? あそこは琵琶湖しかねえじゃん」
「三重か、お伊勢参りも悪かないけど、バスだとちょっと遠いかも」

(※これらの意見はあくまでごく一部の高月住人による独断と偏見につき、実際はそんなことありませんので、ご了承ください)

 早々に脱落した一都三県。
 えっ、地元の大阪府はどうかですって?
 そんなものはじめから数えられてもいやしない。誰が好き好んで自分の住んでいる都道府県の観光なんぞをしたがるものか。もしくは「いつでもいけるから」と案外、腰が重くなるもの。
 いくら近くにネズミの夢の国があったとて、みんながみんな年間パスポートを購入して、通いつめているわけじゃないのと同じこと。あまりに近すぎるのも良し悪しなのである。
 あと高月には摂津の湯という素晴らしい温泉があるものの、これも近々すぎるという理由にて却下された。

 かくして残った候補地が兵庫と和歌山。
 それはそれとして、ではなぜに温泉にこだわるのかというと、組合員における年寄りが占める割合が圧倒的に多いからである。じつに七割にもおよぶ。
 腰痛、ひざ痛、肩痛、関節リュウマチ、神経痛などなど……。
 かくしゃくとして達者なのは口ばかりにて、みな大なり小なり病気を抱えている。
 しかしそれもしようがないこと。どんな高級名車だって半世紀以上も走らせ続けていれば、いい加減にガタがくる。パーツ交換が可能な機械ですらもがそうなのだから、替えのきかない生身となれば、なおのことであろう。
 そんな連中にとって湯治は命の洗濯、温泉はパラダイス。
 かくいうおれもここのところの無理がたたって、ちょっと腰に違和感が……。

  ◇

「まさに現代社会の縮図だな。いよいよ超高齢化社会の到来だ」

 くわえタバコにておれが嘆息すれば、隣に座る芽衣は「現役世代でこれの面倒をみるのなんて、土台無理ゲーでしょう」ともらった茶菓子のどら焼きをハムハム、ごっくん。

 喧々諤々、あんたらめっちゃ元気じゃん。
 と思わなくもないけれど。
 いつもはやたらと強権を発動する商会長も、腕を組んだままで沈黙を守っている。いつになく慎重な態度。へたに口を挟んだらまとまる話もまとまらなくなると用心しているのかもしれない。
 話はまだまだまとまりそうにない。
 やれやれ、今夜は長くなりそうだ。


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