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644 箱根の嫁獲り競争 ミッドシップ・リアドライブ
しおりを挟むクルマとひと口にいってもいろいろある。
でも詳しいところはいまいちピンとこない。
大半の人がそんな反応だろう。
スポーツカーといっても、まあ、いろいろある。
駆動方式、エンジンや車体の構造、各パーツの位置により生じる重心などなど、十人十色と同じくクルマの数だけ種類が存在しているといっても過言ではない。
このうち駆動方式について少々語ろう。
ざっくり分けると代表的なのは四種類ほど。
FF車とはフロントエンジン・フロントドライブ車の略。
エンジンが前部分に搭載されており、駆動輪も前となっていて、安定した性能により国産車に多い形。後輪を駆動しないのでプロペラシャフトが必要ないので、その分だけ内部構造を広く使えるというメリットがある。安全かつコンパクトで内部が広くて快適。
FR車とはフロントエンジン・リアドライブ車の略。
エンジンが前部分に搭載されており、駆動輪が後ろとなっていて、多くのスポーツカーに見られる形。コーナリングや加速がスムーズなのが特徴。
4WD車とはフォー・ホイール・ドライブ車の略。
エンジンの搭載位置は前部であることが大半にて、四つすべてのタイヤを駆動輪として活用。これにより産み出されるパワフルな走りは、悪路にめっぽう強い。近年ではスポーツカーにも導入される機会も増えてきたが、いかんせん構造上、車体がごつく重くなるのがネック。
MR車とはミッドシップ・リアドライブ車の略。
車体の中心部分にエンジンを配置することで、格段の安定性を手に入れており、コーナリングの爽快感は随一。旋回性能と安定性を実現している。駆動輪は後輪。
が、ど真ん中にエンジンを据えるがゆえに、後部座席はまず設置不可。他には運転しているとエンジン音がつねにやかましかったり、四輪独立懸架のサスペンションアーム類がアルミ製で高価、他のパーツもけっこう割高にて、そのくせ摩耗しやすく整備費がとにかく高くつく金食い虫である。
どれも一長一短あって、いちがいに優劣は語れない。
でだ。長々と退屈な話をしたのにはちゃんと理由がある。
このマシンタイプが次の直角コーナーでの勝敗を分けたのだ。
◇
赤い流星のタカシが化けているのは、真っ赤なフェアがレディして「ゼーット!」と叫んでいるような車。駆動方式はFR。
速度を急上昇させることでリアタイアが横滑りし、車体が内側へと振られるオーバーステアリングを起こす。これを誘発して、コーナーへと進入。
火車お七が化けているのは、メルセデス・ベンツSSKっぽいクラシックカー。駆動方式はFR。ここに来てドクンとエンジンが唸り跳ね、さらなる加速をみせる。ワルキューレの雄叫びと呼ばれる音。どうやらアクセルペダルを深く踏み込むことにより起動するスーパーチャジャーユニットを作動させた模様。
国税局八番課の人間が運転する白のサバンナRX-7。駆動方式はFR。三代かけてブラッシュアップされた車体はドライバーをけっして裏切らない。ハンドルを通じて指示されたアウト・イン・アウトのベストポイント目がけて突き進み、果敢にタイムを刻みにいく。
おれこと尾白四伯が化け、瑪瑙さんがハンドルを握るなんちゃってラリーカー。駆動方式はもちろん4WD。じつは直進安定性には優れているものの、コーナリングにはクセがある車。前輪と後輪により生じる回転差が主な原因。あとは急に曲がるとフロントタイアにかかる負担が瞬間的に増大することと、車体そのものの重量。路面が荒れているほど有利な反面、キレイなサーキットなどではちと分が悪い。
そして最後の一台。
暗黒面へと落ちた一条卯之助が化ける黒鉄の幽霊なのだが……、いまいち車種がはっきりしていない。分類上はスポーツカー。だが「これだ!」というモデルがわからない。いろんな名車から各部位をちょいちょい拝借したオリジナルのカスタムカー。じつはこれ、化け術としてはとてもすごいこと。
おれはたしかにいろんなモノに化けられる。けど完全オリジナルとなると、ちょっとむずかしい。というか、ほぼ不可能。いちから設計図を組んで、イメージを膨らませて、それを化け術に反映させるのだなんて、とほうもない知力と妄想力を必要とする。
それを車限定とはいえ実現している一条卯之助は、まぎれもなく稀有な逸材。見た目もそんなに悪くないのに、なぜモテない?
◇
FR車のコーナリングにおいて大切なのは、アクセルワークと荷重移動。
進入時のブレーキにて、ともすれば外に膨らもうとするアンダーステアを御し、車の向きを整えつつアクセルワークを巧みにこなし加速、コーナーを脱する。
対して4WDの強みはなんといってもコーナーからの立ち上がりの速さであろう。コーナリング途中からアクセルを踏み込める。これにより得られる加速を武器にいち抜けを狙う。
赤い流星のタカシ、火車お七、白のサバンナRX-7、チーム尾白。
各々が己が技量とマシンパワーを駆使して直角コーナーへと臨む。
そんな中にあって、突出したのが黒鉄の幽霊。
まるで自殺でも目論むのかとおもわれるほどの速度にての進入、そのままではフロント荷重が抜けて、ろくに曲がれずに激突する!
そう思われた矢先のこと。案の定、前輪が暴れて滑ってしまった。
しかし瞬間、グンっと車体前方が下がる。まるで上から見えない巨大な手で抑えつけられているかのようにして車高が下がり、暴れる前輪を強引にねじ伏せる。
そして勢いのままにカクンカクンと二段階に折れては、直角コーナーを誰よりも先に抜けてしまった。ばかりかその勢いのままに、他車を置き去りにしていく。
遠ざかるテールランプを見送り、おれたちは「やられたっ!」
黒鉄の幽霊、その駆動方式はMR。
回頭性に優れているもの、反面スピンしやすくもある。ゆえに慎重なアクセルワークが必要だというのに、あの荒々しい運転はどうだ? 以前の彼とはまるで別人。どうやら一条青年は北の大地で相当にもまれてきたようである。怒れるヒグマのおっ母さんから追いかけ回されて、生死の境を彷徨ったというのは伊達ではなかったらしい。
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