おじろよんぱく、何者?

月芝

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642 箱根の嫁獲り競争 二匹のうわばみ

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 三対一では勝ち目がない。
 だから三対三の勝負に持ち込む。
 しかし即席連合チームと阿吽の呼吸である三兄弟とでは、どうしたって連携に差がでる。
 そこで火車お七が考えた作戦が……。

 コースがストレートに入ったところで横並びとなり、後続車両を堰き止める黒の三連星。
 そのすぐ背後にぴたりと張りついたのが、メルセデス・ベンツSSKっぽいクラシックカー、なんちゃってラリーカー、白のサバンナRX-7の火車連合の三台。
 後続の三台は一定の距離を保ち、じりじりと背後からプレッシャーをかけ続ける。
 しかし敵もさるもの。前の三台は一糸乱れることなく、ひた走る。

 やがて見えてきたのが慎ましやかなサイズの赤鳥居。
 遥か古代、日本武尊が蝦夷征伐に向かう途中に立ち寄って病を癒したという伝説の残る泉をまつる命之泉神社。
 その脇を罰当たりにも排ガスをまき散らしつつブゥロロン通過。右、左とややクランク気味の場所を超えたとおもったら、すぐにまた右へ左へとうねるカーブが続く。
 その間中、六台はきれいに三台ずつ、前後二列の隊列を守り進む。
 だが、この先の三国峠はそうはいかない。
 ほどよく膨らんだカーブの形状が、それを許さない。
 ここを安穏と流し、コーナーを攻めず、アクセルを踏み込めない者は走り屋にあらず。

 碁台三兄弟が化けているおそろいの黒いポルシェっぽい三台。横一列から、長男・黒太を先頭に兄弟順に斜めへと隊列を変化。やがて一匹のヘビのごとく連なり、峠へと進入。
 が、そのすぐ右隣りにはもう一匹の大蛇の姿があった。
 火車お七、白のサバンナRX-7、瑪瑙さんらによって構成されたモノ。
 黒の三連星とまったく同じフォーメーションにて並ぶ。

「そんな付け焼刃の連携が、俺たち三兄弟に通用するものかっ!」

 長男・黒太が吠えれば、「そうだそうだ」「兄ちゃんの言う通り」と次男と三男坊もやんや。
 すると負けじと火車お七も吠える。

「やかましい! チェリー坊やひっこんでな」

 年下の男の子をチェリー呼ばわりしてからかう火車お七。
 まぁ、わりとよくあるチープな挑発である。しかしこれがおもわぬ余波を生じるのだから、世の中わからないもので……。
 火車お七の啖呵を受けて、長男と次男が「うぬっ」「ぐぬっ」と黙り込んだ一方で、「へっ、ちがうけど」と真顔で答えたのが三男の蓮くん。
 瞬間、三兄弟の中にピシリと亀裂が入り、連携がガタっと乱れた。
 よもや末弟が卒業済みと知り、兄たちはいささか狼狽する。

 間隙をついて火車連合が攻勢に出た。
 させじとすぐに頭を切り替え、レースに集中しようとする三兄弟。
 しかしなまじ完璧な連携であったがゆえに、一度乱れてしまうと、これを修整するのはなかなかむずかしい。ましてやいまは高速移動にて、カーブに進入中となればなおのこと。
 結果として、連携は微妙にかみあわず、三対三の集団戦が、団体戦へと変化。
 火車お七と長男・黒太、白のサバンナRX-7と次男・白介、チーム尾白と三男・蓮との一騎打ちに近い三連戦となった。
 こうなると個人技がモノを云う。

  ◇

 インを抑えている火車お七。カーブが膨らむのあわせて、じりじりと外側へ寄せる。
 これにより長男・黒太はライン取りが乱されたばかりか、ずんずん近づいてくる左側のガードレールをも警戒する必要が生じた。
 メルセデス・ベンツSSKっぽいクラシックカーとガードレールに挟まれる格好となり、身動きがとれない。前に抜けたいところだが、夜の闇がそれを邪魔する。ヘッドライトに照らされる前方がやたらと先細りして見えて、なんとも頼りないこと。心理的圧迫もあって、いっそう視野が狭まる。
 とたんに周囲が自分に覆いかぶさってくるような錯覚に襲われて、気がついたときには意思に反して足がアクセルペダルから離れていた。
 あわててすぐに踏み込むも、あとの祭り。
 スピード勝負の世界では、コンマ数秒が勝敗をわける。
 完全に火車お七の後背を拝する位置となり、黒太がほぞを噛むもすでに手遅れにて、勝負あり!

  ◇

 サバンナRX-7と黒のポルシェっぽいの。
 並走したままどちらも一歩も引かず。
 だが、じりじりとサバンナが前へと出始めて、次男・白介は「なっ!」と驚愕する。
 これはかつて、とある自動車評論家が残した言葉である。

『サバンナ? まぁ、ネームバリューや耐久性ではポルシェにはおよばないけど、それ以外の性能では、上々じゃないかな』

 外国産が席捲しているスポーツカー市場において、国産で勝負しようとした男たちの夢の結実。
 技術や設計思想では絶対に負けてない。むしろ各種制約の中でよくがんばった。
 ただ惜しむらくは作る方にばかりかまけて、宣伝戦略やら販売網の構築やらがちょびっとおろそかになって、知名度がのびずにあんまり売れなかったこと。
 これって日ノ本の企業に多いのよね。
 せっかく優れた製品を開発しても、あまりにも時代を先取し過ぎて、市場やお客がついてこれずに、埋もれてしまう。
 で、周回遅れの連中に美味しいとこどりをされて、損をするパターン。

 じょじょに開いていく差。
 まるで積年の恨みを晴らすがごとくサバンナRX-7のエンジンが猛り吠え、勝どきをあげた。
 残すは末尾のチーム尾白と三男・蓮の勝負のみ。


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