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617 尾白爆発!
しおりを挟む地獄の三者面談は大波乱の末に幕を閉じた。
いろいろ問題はあったが、いまのところはそれなりに落ち着くところに落ち着いている。
まず第一の懸案事項であった「探偵と女教師の関係」については、芝生綾の中に潜む何者かの協力もあって、ずいぶんとアニマルメロメロフェロモンが抑えられたらしく、とりあえず作り笑顔で挨拶を交わし、軽い立ち話程度には平然と応じられるようになった。
もっともいろいろと痴態をさらし過ぎて、彼女の方が若干おれから距離をとるようになったので、あまり意味はない。というかたぶん嫌煙されている。もしくは女の敵みたいに誤解されている。
つまりは、避ける側と避けられる側という立場が、すっかり逆転してしまったということ。
いざ自分が避けられる側になってはじめてわかる、この辛さ。
うん、とってもモヤモヤしてウツウツしちゃうぜ。
第二の懸案事項は零号が記録していた映像の流出。
彼女はネットにあげて再生数を稼ぎ、ついでにお小遣いも稼ぐつもりであったようだが、これに「待った!」をかけたのが動物界の重鎮たち。
人化けした動物たちの乱痴気騒ぎもさることながら、なにより芝生綾の映像が広く世間に流れることを危惧し、記録の一切合切を強制徴収。
これによりおれも痴態を世界に発信せずにすんだので万々歳。
ちゃんちゃん。
◇
かくしておれの日常が戻ってきた。
というか劇団絡み以降、ろくに仕事をしていないので、そろそろマジメに働かないとさすがにマズイ。依頼もけっこう溜まっている。
そこでおれはひさしぶりにありふれた探偵業務に精を出す。
簡単な浮気調査を片づけつつ、逃げ出したペットのヘビの捜索依頼もついでにこなし、さらにはペットの猫の捜索依頼もやっつけ、「夜な夜な何か出るんです」と怯える依頼人のアパートの屋根裏からは油紙に包まれた女の髪とおぼしき束を発見。帰りがけに芥川の川原に立ち寄り、ライターで火をつけてこれを燃やし、灰を川に流したところで本日の業務は終了。
我が尾白探偵事務所がある雑居ビルへと帰える頃には、すでに日がとっぷり暮れていた。
「今日はがんばったことだし、報告書は明日でいいかな」
なんぞと考えながらエレベーターにて四階へ向かう。
「ただいまー」と事務所の扉をあければ、出迎えてくれた第二助手のしらたきさんが指差したのは、テーブルの上に置かれた箱。留守の間に届いたそうな。
小包というにはいささか大きい。ミカン箱ほどもあろうか。
それを見ておれは「またか、どいつもこいつも義理堅いねえ」と肩をすくめる。
じつはここのところうちに荷物がよく届く。
中身はお詫びの品だ。
そして送り主は、先の地獄の三者面談で痴態をさらした面々および関係者などなど。
いざというときに備えてあの場にいたというのに、かえって騒動を助長し、一歩間違えばとんでもない事態を引き起こしていたことに対する謝罪。
芝生綾のアニマルメロメロフェロモンの激烈さをよく知るおれは、みなの乱痴気騒ぎも「さもありなん」といったところ。だからべつに怒っちゃいない。むしろ「しょうがないよねー」といった感じ。
でも、いくらおれが「気にしてない」といっても、相手も「はい、そうですか」では済ませられないがゆえに、謝罪の気持ちを物であらわし、失態という穴を埋めてしまおうという魂胆である。
「……とはいえ、油とソーメンばかりもらってもなぁ。パイナップルと桃の缶詰は全部、芽衣にとられちまったし。しかし、デカい箱だな。まんまミカンとかだと困るんだが。足が早いナマモノはちょっと」
なんぞとぶつぶつ言いながら、おれは梱包紙をびりびり。
その際に表に貼られてある伝票をちらり。差出人の欄には「裏日光猿軍団」との殴り書き。
はて? まるで覚えのない名前だ。けどあの日は方々からいろんな連中が出張っていたことだし……しかし他人様への送り物に添える字にしては、いささかきちゃないな。
おれは内心、首をかしげつつも箱の封を開けたのだが、次の瞬間のことである。
ピカッと閃光にて、ちゅどーん!
突如として起きた爆発により雑居ビル全体が震えた。
四階事務所の窓および扉がすべて内側より吹き飛び、中からはもうもうと黒煙が立ち昇る。
高月中央商店街が騒然となった。
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