おじろよんぱく、何者?

月芝

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614 痴情の星

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 地獄の三者面談をどうにか乗り越えられそう。
 ようやく延々と続く暗いトンネルの出口が見えてきたとおもったところで、「ちょっと待った!」と乱入してきたのは光瀬菜穂。

 高月は中央商店街の路地裏にてひっそり診療所を営んでいる女医。モグリではなくていちおう医師免許はちゃんと持っている。ただし場所柄もあって、来る客は基本的にわけありばかり。
 ウシが化けているだけあって、乳はデカい。
 黒髪ロングに、死体のような肌の白さ、凛々しい立ち姿と涼やかな目元、メガネがとてもよく似合っているクールビューティー。
 まぁ、はっきり言って見た目はいい女だ。
 だが中身があまりにも残念すぎる。
 なにせこいつは重度の解剖マニアなのだから。

 好きが高じるあまり監察医を志すも、あまりにもヤバ過ぎて門前払いを喰らった過去を持つ。国内外、数多の関係各所から出禁を喰らうなんて、どう考えても異常だろう。
 そんな女医だが見目だけはいいのでモテる。「菜穂先生、結婚してください」とバラの花束片手に押しかけるヤツも多い。
 毎夜、診療所には彼女目当ての野郎どもが列を成す。
 でもそのたびにこの女は妖艶な笑みを浮かべて、相手にこう言うんだ。

「ごめんなさい。死んでから出直してちょうだい。そうしたらたとえクソ虫みたいな貴方でも、きっと愛してあげられると思うから」

 そんでもってやたらとおれに好意を示すのは、おれが世にも珍妙な動物だから。
 ぜひとも解剖したいんだとよ。
「治療はいくらでもツケでいいから、そのかわりに死んだら体を頂戴ね」ときたもんだ。すでにおれの遺体を飾るためのショーケースも用意しており、ばらした内臓をホルマリン漬けにしては収納する棚も準備されている。
 それだけでは飽き足らずに、いざというときにとりこぼしがないようにと、おれの体内には怪しげな追跡チップが多数埋め込まれており、世界の果てでくたばっても、きっと発見され回収されることまちがいなし。

「いつでもどんとバッチこーい!」

 である。そのくせ治療には一切手を抜かないのだから、おれに生きてて欲しいのか、とっととくたばって欲しいのか、判断に迷うところ。
 なっ、ヤバい女だろう。

  ◇

 背後からおれの首に両腕をからましては、抱きしめ、むぎゅむぎゅ乳を押しつけてくるウシ女。
 圧倒的な二つの肉果を前にして、戦闘力の差をまざまざと見せつけられた芽衣は「ぐぬぬ」と悔しげであり、対面に座っている綾ちゃん先生は目を白黒させっぱなし。
 とんだ破廉恥! 良識ある健全な若い女教師にはあまりにも刺激が強すぎるせい。
 だからおれは身をよじって、どうにか肉圧からのがれようとしつつ。

「いい加減にしろ、菜穂。おまえの言い方だと、完全におれたちがただれた大人の関係みたいじゃないか」
「あら? 私はいつでも歓迎するわよ。だって絶好の採取チャンスなんだもの」
「……」

 何のナニがナニしてアレを採取するとか、わざわざ言葉にすまい。
 なんという明け透け、あまりの品のなさに、さしものおれも絶句し、タヌキ娘と女教師はあんぐり。
 というかやっぱりダメだ、このウシ女医。
 あまりにも変態すぎてまともな会話が成立しない。
 そこでおれはどうにか彼女を振り払い脱出するも……。

「ちょっと待ったーっ! 四伯師匠は将来ボクの義理のお兄さんになる予定なんだから」

 逃げたところで横合いからズドンと鋭いタックル。
 おっさんの腰にひしと抱きついたのは、ショートパンツ姿のボクっ娘である孤斗玲花。タイガー姉妹の妹にて、かつて化け術の指導をしたのが縁で、彼女はおれを師匠と呼ぶ。
 飛び出した妹を追って姉の孤斗羅美も姿をみせたのだが、こっちは顔を真っ赤にしてちょっとモジモジ。
 くっ、可愛いじゃないか。
 大柄な女が照れている姿に不覚にもちょっと萌えてしまった。

「……じゃなくって! 話がますますややこしいことに。おい、芽衣、なんとかしてくれ」

 光瀬菜穂、孤斗玲花、孤斗羅美に囲まれてにっちもさっちもいかなくなったおれはタヌキ娘に救助要請。
 しかし芽衣は自分のたいらな胸に手を当てながらマジメな顔をして、綾ちゃん先生に「先生、どうしたらオッパイってあんなに大きくなるんですか?」との質問をぶつけて、女教師をたいそう困らせており、それどころではなかった。

 地獄が修羅場となり混乱する現場。
 ちらりと脇をみればカメラ片手の零号が親指をビシっとおっ立てサムシングゥ。
 一方で離れたところに陣取っているキツネ母娘とシカ主従はくつくつ笑い、腹を抱えてはとっても苦しそう。
 どうやら彼女たちは事態を収拾する気なんぞは毛頭ないっぽい。はなから野次馬根性にて見物にきただけのこと。

 だがこの屋上のカフェスペースには、まじめなヤツらもいた!

「ちょっと駄犬、あんた何やってんのよっ」

 ここにきて動いたのが千祭史郎が率いるスーツ姿の強面集団。
 だがドーベルマンカマとマッチョ軍団の登場は、事態を沈静化させるどころか、より激化させることになる。
 興奮が興奮を呼び、雪だるま式に事態が悪化している。
 さすがに「ちょっとヘンじゃね?」と考えたおれは、すぐにはっとなる。

 光瀬女医の暴走を発端にして起きた、アレやコレ。
 まっとうな生活を営んでいる女教師の理解の範疇を越える出来事の連続にて、ふわふわ不安定となってしまった芝生綾の精神。そのせいで日頃は内に押さえられている獣の女王のチカラが、じわりと外部に漏れだしているのかも。

「ひょっとして、ここにいる全員がその影響を知らず知らずのうちに受けている? だとしたらマズイ、マズイぞ」

 だっていまこの場所には、大勢の人間に化けた動物が詰めているんだもの。
 もしもそれらのタガが一斉にピンっとはずれてしまったら……。
 おれは冷や汗たらり。


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