614 / 1,029
614 痴情の星
しおりを挟む地獄の三者面談をどうにか乗り越えられそう。
ようやく延々と続く暗いトンネルの出口が見えてきたとおもったところで、「ちょっと待った!」と乱入してきたのは光瀬菜穂。
高月は中央商店街の路地裏にてひっそり診療所を営んでいる女医。モグリではなくていちおう医師免許はちゃんと持っている。ただし場所柄もあって、来る客は基本的にわけありばかり。
ウシが化けているだけあって、乳はデカい。
黒髪ロングに、死体のような肌の白さ、凛々しい立ち姿と涼やかな目元、メガネがとてもよく似合っているクールビューティー。
まぁ、はっきり言って見た目はいい女だ。
だが中身があまりにも残念すぎる。
なにせこいつは重度の解剖マニアなのだから。
好きが高じるあまり監察医を志すも、あまりにもヤバ過ぎて門前払いを喰らった過去を持つ。国内外、数多の関係各所から出禁を喰らうなんて、どう考えても異常だろう。
そんな女医だが見目だけはいいのでモテる。「菜穂先生、結婚してください」とバラの花束片手に押しかけるヤツも多い。
毎夜、診療所には彼女目当ての野郎どもが列を成す。
でもそのたびにこの女は妖艶な笑みを浮かべて、相手にこう言うんだ。
「ごめんなさい。死んでから出直してちょうだい。そうしたらたとえクソ虫みたいな貴方でも、きっと愛してあげられると思うから」
そんでもってやたらとおれに好意を示すのは、おれが世にも珍妙な動物だから。
ぜひとも解剖したいんだとよ。
「治療はいくらでもツケでいいから、そのかわりに死んだら体を頂戴ね」ときたもんだ。すでにおれの遺体を飾るためのショーケースも用意しており、ばらした内臓をホルマリン漬けにしては収納する棚も準備されている。
それだけでは飽き足らずに、いざというときにとりこぼしがないようにと、おれの体内には怪しげな追跡チップが多数埋め込まれており、世界の果てでくたばっても、きっと発見され回収されることまちがいなし。
「いつでもどんとバッチこーい!」
である。そのくせ治療には一切手を抜かないのだから、おれに生きてて欲しいのか、とっととくたばって欲しいのか、判断に迷うところ。
なっ、ヤバい女だろう。
◇
背後からおれの首に両腕をからましては、抱きしめ、むぎゅむぎゅ乳を押しつけてくるウシ女。
圧倒的な二つの肉果を前にして、戦闘力の差をまざまざと見せつけられた芽衣は「ぐぬぬ」と悔しげであり、対面に座っている綾ちゃん先生は目を白黒させっぱなし。
とんだ破廉恥! 良識ある健全な若い女教師にはあまりにも刺激が強すぎるせい。
だからおれは身をよじって、どうにか肉圧からのがれようとしつつ。
「いい加減にしろ、菜穂。おまえの言い方だと、完全におれたちがただれた大人の関係みたいじゃないか」
「あら? 私はいつでも歓迎するわよ。だって絶好の採取チャンスなんだもの」
「……」
何のナニがナニしてアレを採取するとか、わざわざ言葉にすまい。
なんという明け透け、あまりの品のなさに、さしものおれも絶句し、タヌキ娘と女教師はあんぐり。
というかやっぱりダメだ、このウシ女医。
あまりにも変態すぎてまともな会話が成立しない。
そこでおれはどうにか彼女を振り払い脱出するも……。
「ちょっと待ったーっ! 四伯師匠は将来ボクの義理のお兄さんになる予定なんだから」
逃げたところで横合いからズドンと鋭いタックル。
おっさんの腰にひしと抱きついたのは、ショートパンツ姿のボクっ娘である孤斗玲花。タイガー姉妹の妹にて、かつて化け術の指導をしたのが縁で、彼女はおれを師匠と呼ぶ。
飛び出した妹を追って姉の孤斗羅美も姿をみせたのだが、こっちは顔を真っ赤にしてちょっとモジモジ。
くっ、可愛いじゃないか。
大柄な女が照れている姿に不覚にもちょっと萌えてしまった。
「……じゃなくって! 話がますますややこしいことに。おい、芽衣、なんとかしてくれ」
光瀬菜穂、孤斗玲花、孤斗羅美に囲まれてにっちもさっちもいかなくなったおれはタヌキ娘に救助要請。
しかし芽衣は自分のたいらな胸に手を当てながらマジメな顔をして、綾ちゃん先生に「先生、どうしたらオッパイってあんなに大きくなるんですか?」との質問をぶつけて、女教師をたいそう困らせており、それどころではなかった。
地獄が修羅場となり混乱する現場。
ちらりと脇をみればカメラ片手の零号が親指をビシっとおっ立てサムシングゥ。
一方で離れたところに陣取っているキツネ母娘とシカ主従はくつくつ笑い、腹を抱えてはとっても苦しそう。
どうやら彼女たちは事態を収拾する気なんぞは毛頭ないっぽい。はなから野次馬根性にて見物にきただけのこと。
だがこの屋上のカフェスペースには、まじめなヤツらもいた!
「ちょっと駄犬、あんた何やってんのよっ」
ここにきて動いたのが千祭史郎が率いるスーツ姿の強面集団。
だがドーベルマンカマとマッチョ軍団の登場は、事態を沈静化させるどころか、より激化させることになる。
興奮が興奮を呼び、雪だるま式に事態が悪化している。
さすがに「ちょっとヘンじゃね?」と考えたおれは、すぐにはっとなる。
光瀬女医の暴走を発端にして起きた、アレやコレ。
まっとうな生活を営んでいる女教師の理解の範疇を越える出来事の連続にて、ふわふわ不安定となってしまった芝生綾の精神。そのせいで日頃は内に押さえられている獣の女王のチカラが、じわりと外部に漏れだしているのかも。
「ひょっとして、ここにいる全員がその影響を知らず知らずのうちに受けている? だとしたらマズイ、マズイぞ」
だっていまこの場所には、大勢の人間に化けた動物が詰めているんだもの。
もしもそれらのタガが一斉にピンっとはずれてしまったら……。
おれは冷や汗たらり。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~
月芝
ファンタジー
庭師であった祖父の薫陶を受けて、立派な竹林好きに育ったヒロイン。
大学院へと進学し、待望の竹の研究に携われることになり、ひゃっほう!
忙しくも充実した毎日を過ごしていたが、そんな日々は唐突に終わってしまう。
で、気がついたら見知らぬ竹林の中にいた。
酔っ払って寝てしまったのかとおもいきや、さにあらず。
異世界にて、タケノコになっちゃった!
「くっ、どうせならカグヤ姫とかになって、ウハウハ逆ハーレムルートがよかった」
いかに竹林好きとて、さすがにこれはちょっと……がっくし。
でも、いつまでもうつむいていたってしょうがない。
というわけで、持ち前のポジティブさでサクっと頭を切り替えたヒロインは、カーボンファイバーのメンタルと豊富な竹知識を武器に、厳しい自然界を成り上がる。
竹の、竹による、竹のための異世界生存戦略。
めざせ! 快適生活と世界征服?
竹林王に、私はなる!
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる