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612 地獄の三者面談
しおりを挟む高月の駅の北側にある兎梅デパートの屋上は、オープンカフェスペースになっている。
花と芸術の都パリの雰囲気を丸パクリしたような節操のないおしゃれな空間にて、ゆったりできるので若者たちに大人気。
女教師VS探偵の一本勝負は、ここの一画にて執り行われる。
さすがに屋内はマズイと関係者一同が吟味に吟味を重ねた上で、場所を選定したとのこと。
アニマルメロメロフェロモンを有する芝生綾。
先入りしかつてない難敵を待つあいだ、探偵はずっと貧乏揺すりが止まらない。タバコを持つ手が震える。どうにも落ち着かない。
いちおう芽衣のことで相談に乗ってもらうというていで、プライベート三者面談という形をとっているから、おれの隣にはタヌキ娘がつねにスタンバイ。もしもおれがとち狂ったらすかさず首根っこを押さえる手筈になっているのだが……。
「それはともかくとして、出がけにはめられたコレ、何なの?」
覚悟を決めていざ出陣という直前になって、芽衣よりカチャカチャっと両手両足首につけられたのは、キラリと光る銀のブレスレット。
ぱっと見にはアクセサリーっぽくてオシャレなデザインなのだが、じゃらじゃらチャラチャラしており、おれの趣味じゃない。
だからはずそうとしたのだが、はずれないっ!
「それはパカパカ仙人さんに頼んで作ってもらった特注のビリビリリングだよ」と芽衣。
説明しよう。
ビリビリリングとは、バラエティー番組などでよくみられる、スイッチを押すと電気刺激が走って、芸人とかが「ギャーッ」と身悶えする姿を見て、みながゲラゲラ笑う悪趣味なアレのことである。
しかしそんじょそこらのオモチャとはわけがちがう。
ナゾの凄腕技術者による特別製は伊達ではない。これさえあれば狂暴なライオンとてたちまち借りてきたネコ状態になることまちがいなし!
「というわけだから安心してね、四伯おじさん。いざともなればコイツでイチコロよ」
にっこり微笑む芽衣。
「ちっとも安心できねえよっ! あとイチコロにされてたまるかっ」
探偵は脱兎のごとく逃げ出した。
しかしすぐに転倒し悶絶。
ビリビリビリビリビリビリビリビリビリロカビリー……。
全身を突き抜けるわけのわからない痛みに、ぐったりのびているおれを見下ろし芽衣が告げる。
「ちなみにいまのでレベルイチだから。マックスはハチね」
レベルイチで借りてきたネコ状態にされたおれは、そのまま芽衣に引きずられてテラス席へと戻された。
前門の女教師、後門のタヌキ娘。
味方とおもっていた助手が一番の敵なのかもしれないと悟ったおれは、どうにかして逃げ道を模索するも、視線を動かすたびにやたらと見知った顔があるような……。
「あぁ、アレですか。アレは保険です。なにせ四伯おじさんにはやっかいな化け術がありますから。念には念をと動物界のえらい人たちが手配したんです」
飾られた観葉植物の陰に隠れているテーブルには、孤斗羅美と玲花のタイガー姉妹らが、じーっとこちらの様子をうかがっている。
見晴らしのいい際のテーブルには、こちらをチラチラ気にしながら談笑している出灰竜胆と桔梗のキツネ母娘の姿がある。
一部の区画を占拠しているスーツ連中は、千祭史郎ことドーベルマンカマが率いる一団。いざともなれば全員でボコる気マンマンといった荒々しい雰囲気。
たまらず目をそらして他方をみれば、そちらにはホームビデオ片手に撮影に勤しむネコ耳メイドロボ・零号がいたりもする。
「なにやってんの?」と問えば「こんなオモシロ珍場面、記録に残さないわけにはいきません。目指せ再生回数、一億回突破! だからどうぞお気になさらずじゃんじゃんやってください」と意味不明の回答。
おれは遠い目をして彼方を見つめ、しばし現実逃避。
「あぁ、もしもおれにツバサがあったら、すぐにここから逃げ出してやるのに」
つぶやいたおれの目にキラリと光る何かが映る。
駅向こうにある亀松百貨店の屋上にある小さな遊園地。そこに設置されているカゴが五つしかない観覧車。停止しているそれの天辺にてライフル銃を構えている人の姿。誰かとおもえば高月警察きっての不良刑事、安倍野京香である。
カラス女、ここまで見かけなかったから、今日はいないのかと思っていたら、あんなところでスタンバイしてやんの。
この屋上のカフェスペースには他にも堅気っぽくないのが混じっており、気配からしておそらくは動物が化けた者なのだろう。
あげくには何故だか、鹿島紗月と宇陀小路瑪瑙のシカ主従コンビに、ひとりコーヒーカップを傾け読書をしている光瀬菜穂までいやがる。
「なぁ、芽衣。なんでウシ女医までいるんだよ」
「あぁ、アレは保険の保険です。いざというとき、すぐに手当をできるようにと」
「……」
厳戒態勢の中、ついに女教師があらわれる。
いよいよ地獄の三者面談がスタート。
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