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601 女教師の憂鬱
しおりを挟む芝生綾は高月東高校に勤務する国語の教師である。
おっとり美人で、マジメで生徒想いのいい先生。
それゆえに学校の内外にて広く人気がある。生徒たちからは「綾ちゃん」と呼ばれとても慕われている。
だがその身には、やたらと動物たちを惹きつけてやまない不思議なチカラが宿っている。そして意識下には得体のしれないヤバい何かが潜んでいる。
なんでも古の忍びの血が成せることらしいのだが、周囲の心配をよそに、当人はまったくそのことに気がついていない。
そんな女教師ではあるが、近頃しばしば目撃されているのが「ふぅ」とため息をついては、物思いに耽る姿。
年上の優しい女教師に淡い恋心を抱いている思春期ボーイズは「はっ、まさか……」と愕然とし、彼女を狙う身の程知らずの同僚の独身男性教諭どもは「おのれ、我らのマドンナをかっさらおうとしているのは、どこのどいつだ! ぶっ殺す!」とやたら鼻息荒くイキリ立ち、恋に恋するお年頃の乙女な女生徒たちは勝手に恋バナを妄想しては「キャーッ!」と色めき立つ。
だからとて当人に面と向かって「どうしたの?」とは聞きづらい話題でもある。
そこで女生徒らの有志らが集まり、ジャンケン大会を開催し、負けた芽衣が代表して話を聞いてくることになってしまった……。
昼休み中、校庭の片隅にあるベンチでひとりボーッと惚けている女教師に「綾ちゃん先生」と声をかける芽衣。「なんだかこの頃、元気がないみたいだけど」
すると芝生綾は「ふう」とため息がてら「ええ、じつは……」
◇
近頃、なんだかやたらと視線を感じてしようがない。
いささか自意識過剰かとおもったけれども、気になって急にふり返ったりすると、サッと顔をそらす人がいたり、スッと電信柱やらポストの陰に姿を隠す人がいたり。
夜、道を歩いていたら、カツカツカツと足音がついてくる。
だから少し早足にて進み、角を曲がったところで待ちかまえてみたものの、いつの間にか足音がしなくなっていて、そっと角から顔を出してみたら誰もいなかった。
首を傾げつつ自宅マンションに戻ったものの、エントランスに一歩足を踏み入れたとたんに、ピンと空気が張り詰めたのを感じて、ギクリ。
立ち止まりキョロキョロとするも、そこにいたのは最近、管理会社から派遣されてきたという新しい管理人さんだけ。
「おかえりなさい、芝生さん」
と温和な笑顔を向けられて、内心では首をひねりつつ、彼女も挨拶をし返す。
そんなマンションなのだが、ここのところやたらと引っ越しが続いており、自分以外の住人のほぼほぼが入れ替わる勢いである。
まぁ、マンションの契約は二年更新なので、たまさか時期が重なっただけなのかもしれないけれども。
「あと、気のせいなのかもしれないけど……。この頃、マンション周辺がちょっと動物のニオイがするのよね。どこかにノラネコでも住み着いているのかしらん?」
コテンと小首を傾げる仕草がかわいい綾ちゃん先生。
でもこの話を聞いていた芽衣は「ハハハ」と乾いた笑いにて、つーっと目をそらす。
なぜなら視線やら動物のニオイに心当たりがあったから。
◇
少し前のことである。
大盛況のうちに幕を閉じた兎梅デパートの「超古代展」でのこと。
動物至上主義を掲げる過激派集団・聚楽第の総帥ウルが突如としてイベントに来訪。
不意の邂逅により、戦闘行為が勃発してひと悶着もふた悶着も起きた。
尾白四伯をはじめとし、市内在住の猛者どもがこぞって対処し、どうにか追い返すことには成功したものの、勝利というにはほど遠いお粗末な内容であった。ウルは強大無比にて、対峙した者らはみな己の未熟さを痛感するばかり。
で、戦いのあとに疑問視されたのが、そんなウルがどうしてわざわざ高月などという僻地を訪れたのかということ。
およそ判明している来訪の目的は三つ。
その一、冷凍のマンモス母子を見ること。
その二、尾白四伯に会うこと。
この二つは当人の口からはっきりと明言されたので、まちがいない。
だが問題なのは、次のやつ。
その三、どうやら聚楽第の総帥ウルは芝生綾に強い関心を寄せているらしいということ。
その三についてはあくまで未確認情報ながらも、もしも本当であれば一大事である。
動物界最大の禁忌にして、あの鬼どもですらもが敬遠するような存在。
芝生綾が持つチカラを悪用すれば、すべての動物たちを自在に使役し統べる「獣の王」となれる。
もしもそんなモノが聚楽第の手に渡ったら、マジで世界が破滅しちゃうかもっ!
そこで動物界の重鎮たちが「えらいこっちゃ!」とあわてふためき、急遽、芝生綾の監視および警護レベルがマックスにまで跳ねあげられた。
だが、あまりにも度が過ぎるがゆえに、当人に薄っすらと勘づかれているのが現状なのである。
「そりゃあマンションも獣臭くなるよ。なにせ綾ちゃん先生以外の全住人が動物が化けた人間に変わっちゃってるんだもの」
芽衣がぼそぼそっとつぶやけば、「うん?」と女教師が怪訝そうな表情をしたもので、タヌキ娘はあわてて「なんでもないよー」と笑って誤魔化す。
だが話はまだ終わりではかった。
女教師の気分をやたらとブルーにしていた理由が他にもあることが、会話の続きで判明する。
「まぁ、視線に関しては特に害があるわけでなし、たぶんかんちがいだからべつにかまわないんだけど、問題は尾白さんなのよ」
「へっ? うちの四伯おじさん」
「ええ、はじめは気のせいかと思ったんだけど、どうもちがうみたいなの。なんていうか……、ものすごーく避けられているみたいで」
同じ街に住んでおり、狭い生活圏においてちょいちょい動線もかぶっていることから、ときおり見かける機会もある。
生徒の保護者ということもあり、何度か、学校を通じてお世話になったこともあるので、満更知らぬ仲でもなし。だからここは立派な社会人として挨拶でもと声をかけようとしたら、探偵はギョッとして回れ右。ひどい時には露骨にダッシュでピューッと逃げていく。
「私……、尾白さんに何か嫌われるようなことをしたかしら?」
人は誰しも他者から好かれたいと思っている。
誰が好んで他者から嫌われたいなんぞと思うものか。
嫌われ者であるよりも、人気者でいたい。それは当たり前の心理。
だから一方的に避けられるような状況は、地味に傷つく。なにやら胸のあたりがモヤモヤしちゃう。
女教師を憂鬱にしている原因に心当たりがありまくりの芽衣はギクギクしてビクビク。とてもではないが彼女とは目が合わせられない。
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