おじろよんぱく、何者?

月芝

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595 マンモス

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 旺盛にて緑が濃い。
 色彩豊かに再現された原始の森。
 その中に多数の恐竜たちの姿がある。
 おもわず頬が緩みそうになる仲睦まじい親子たち、外敵から身を守るために戦う者、あるいは獲物めがけて獰猛に牙をむく者、活きいきと草原を駆ける群れなどなど、リアルに再現されている。
 当然ながらすべて作り物なのであるが、なかなかどうして凝ったもの。
 おれはキョロキョロしては「ほへぇ」とたいそう感心するばかり。

 入場後、順路を進み、巨大な骨格標本に「へー」、滑らかに動く恐竜ロボットに「ほぉー」、いきなり大口開けて噛みついてきた恐竜の着ぐるみには驚き「うぎゃっ!」、七面倒くさい説明書きがびっちり掲載された展示パネルやら資料が並ぶ学術エリアは足早やに通り過ぎ、途中立ち寄ったトイレで小用をすませて水を流したら「ガオーッ」と吠える芸の細かさには、おもわずくすりとさせられる。
 いつのまにか楽しんでいる自分に気がついて頭をぼりぼり、「まいったね」と照れ笑いせずにはいられない。

  ◇

 考え尽くされた構成、憎い演出の数々。
 そして気分が最高潮になってきたところで、ついにイベントの目玉であるマンモス母子の氷漬けが展示されているエリアへと到達。
 だが、その空間は大勢の客が詰めかけているというのに、シーンと静まり返っていた。
 いざ、実物を前にして客たちはみな黙り込んでしまったのである。息をするのも忘れるほどに見入っている。いや、この場合は魅入られたというべきか。
 おれもそうであった。
 あまりの迫力に圧倒された。

 白状しよう。
 ぶっちゃけおれは舐めていた。

「どうせひと昔前の見世物小屋にあったような怪しい品、とんだ子ども騙しだろう」と。

 実際のところ、かつての縁日にあった見世物小屋では、カッパやら宇宙人のミイラと称した物体を氷漬けにし展示していたことがあったのだ。

「正真正銘、本物! どうぞ近づいて、好きなだけご覧ください。本日は特別にお触りも許しちゃう。でも優しくしてよね」

 との宣伝文句に騙されて料金を払い小屋に入ってみれば、内部はおどろおどろしい雰囲気。薄暗い奥には冷凍室があって、扉を開けたら中に四角い大きな氷の塊がでんと置かれてある。
 氷の中にはたしかに怪しげな干物が閉じ込められている。いかにもそれっぽい。
 が、透明度の低い質の悪い氷塊であるがゆえに、白いすじやらモヤに気泡なんぞがかかっており、どれだけ目を凝らそうともいまいちよくわからない。
 もちろんわざとそうなるように作られた氷。インチキである。

 さすがに今回のイベントの目玉がそうだとまでは考えていなかったが、似たような状態にて「なんだかよくわからないデカい毛むくじゃらがいるなぁ」ぐらいかとおもっていた。
 しかし実物はまるでちがった。
 まず氷の透明度がすごい。幅奥行ともに十メートル四方ほどもあろうかというのに、向こう側までもが透けて見えるほど。とんでもなく透明度が高い!
 どれほどじっくりと時間をかけて凍らせれば、こんな氷に仕上がるのだろう。
 かき氷用の天然氷を作っている業者が、ひと冬の間、手間暇をかけて自然のチカラを借りながら質のよい氷を作ることは知っている。
 そいつのスケールを遥かにしのぐのがこの氷の塊。
 様々な偶然が折り重なって現存している奇跡の産物。

 そんな中にて佇む母マンモスと子どものマンモス。
 くたっと倒れているのではなくて、しゃんと立っている。それも母は子を慈しむかのように見下ろし、子は母に甘えるかのような仕草にて見上げている。
 解凍すれば、すぐにでも動きだしそうな母子。
 まるでその場面を切り取ったかのような姿のままで固まっている。

 大きかった。
 美しかった。
 愛おしかった。
 悠久の時を越えてもなお威容を残すマンモスの母子は、神々しくもあり、荘厳ですらもあった。
 生き物として圧倒された。
 おそらくは来場者の誰もが似たような感想を抱いていたはず。感動のあまりぐすんと涙ぐんでいる者もいたほどである。
 おれも柄にもなくグッときた。
 だというのにである。
 そんなおれの気持ちに水を差すものがいた。

「ふん、くだらん。よもやとおもったがハズレだった。とんだ無駄骨であったな」

 敬虔な場にふさわしくない侮蔑発言。
 おもわずムッとしたおれがふり返ると、そこにいたのは奇妙な男。
 背は高い。肩幅もあるのだろう。いかにも強者といった雰囲気をまとっている。だが、なぜだか顔や姿形、輪郭が薄ぼんやりとしており、どうにもはっきりしない。まるで夏に見かける陽炎のよう。
 おもわず目をこすって何度も確認してみるも、やはりダメであった。
 わけがわからない。
 この男……幽霊か死神の類か?


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