おじろよんぱく、何者?

月芝

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591 裏切りの連鎖

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 激動、あるいは混沌。
 あらゆるものが反転し、激変していく。
 世界も、社会も、国も、人の生き方も、人の心も……。
 戦後すぐはそんな時代だった。

 時代の潮流にあらがい、ときの政府に反旗を翻した過激派組織・黄桜の会。
 これを率いていた男は、名を小久保勇雄こくぼいさおといった。詳細な経歴は不明ながらも、どうやら特攻隊員の生き残りであったらしい。

「国のために死ね!」

 と言われて万歳三唱により送り出された戦場。
 いろんな偶然が重なり生き残った小久保勇雄が、意気消沈して国元へと戻ってみれば、世界は百八十度変わっていた。
 すべてが忘却の彼方へと押しやられ、浮かれ騒ぐ大衆と社会。
 それを前にして小久保勇雄は愕然とし、また慟哭す。

「あの戦争はいったい何だったのだ! 戦友たちの死と引き換えに手に入れたのが、こんな腐った世の中だったのか?」

 涙を流し尽くしたあと。
 男に残っていたのは怒りだった。内側より止めどもなく溢れる憤怒と憎悪の感情が小久保勇雄を突き動かす。
 すると彼に共鳴する者もちらほらあらわれて、気がつけば現状に不平不満を抱く集団が形成されていた。

 かくして黄桜の会は発足された。
 はじめのうちはメンバーらが集まって議論を戦わせるだけの、健全な思想団体であったのだが、いくら街頭にてビラを撒き、声高に自分たちの考えを主張し、広く大衆に知らしめようとしても、反応はほとんど返ってこない。
 言葉は無力であった。
 戦時中にはあれほど自国民を焚きつけ、扇動し、狂わせたというのに……。

 はじめに怒りありき、これに熱と虚しさ、そこに焦燥感が加わったとき。
 黄桜の会は過激派への道を歩み出す。
 その中には、若かりし頃の東郷隆盛や宗像孝光の姿もあった。
 理想に燃えていた。自分たちのチカラで世の中を変えられると本気で信じていた。
 だがすべては幻想であったのだ。

  ◇

 宗像孝光が現実を突きつけられたのは、彼が公安の前身となる部署の人間らに拉致されたとき。
 青年は覗いてしまった。
 いや、首根っこを掴まれて無理矢理、覗かされてしまったというべきか。
 国という巨大で貪欲な獣が持つ、闇よりもなお濃く暗い影を、筆舌にしがたい業を、まるで底のみえない深淵を。
 地獄から這い上がったところで、その先に待つのは新たな地獄だけ。どこまでもどこまでもどこまでもどこまでも、永遠に続く不毛の荒野。
 自分が信じていた正義、感じていた社会への不満、絶望なんぞは、ほんの小さな傷のカサブタにも満たないちんけなモノ……。
 己の矮小さを思い知った宗像孝光は、「バカバカしい」と黄桜の会に見切りをつけた。
 だが「やーめた」で許されるわけもなく、なし崩し的に内通者としての活動を強いられることになる。

 暗躍する獅子身中の虫。
 そんな存在を飼っているとは夢にも思わない黄桜の会の活動は、より活性化していく。それすなわちテロ行為が頻発、社会不安を助長するということ。
 だがそれすらもが卑劣な内通者による誘導であった。
 戦後の混乱期、社会を、人民をまとめあげるのには、みんなが憎悪を抱き、敵意を向ける相手を作ってやるのが一番手っ取り早い。
 そこで白羽の矢が立ったのが黄桜の会。
 リーダーの小久保勇雄が奸計に気づいたときには、何もかもが手遅れであった。

 すっかり社会の敵認定された黄桜の会。
 破滅の足音がすぐそこにまで迫っている。
 そのさなかに小久保勇雄にできたのは、信頼できる同志の藤枝友蔵に「すまないが、物資と書類を持って身を隠してくれ」と頼むことだけ。多少なりとも装備が減れば、抵抗の激化に歯止めがかけられる。メンバーらの個人情報を記した書類などが失せれば、追求の手を逃れられる者もいるかもしれない、と考えてのこと。
 いよいよ最期の闘争を迎えるという少し前のことであった。

 小久保勇雄は藤枝友蔵を秘密裏に逃がし、彼という存在が黄桜の会に所属していた痕跡を消した。
 だが人間の記憶までは消しようがない。
 こうしてリーダーより極秘指令を受けた藤枝友蔵は、そのことを知らない仲間たちからは「裏切り者」のレッテルをはられて、ひとり落ちのびたのであった。
 そして小久保勇雄は最期の闘争のおりに、流れ弾に当たって死亡し、求心力を失った組織はたちまち瓦解する。

 一連の出来事の裏で、ひとりほくそ笑むのは真の裏切り者である宗像孝光のみ。
 そして彼はこのときの協力の見返りとして受けた援助を元手にして、ずんずんとあれほど唾棄していた資本主義の新しい世の中でのし上がっていく。

  ◇

 裏切りにつぐ裏切り。
 まるで落語の怪談モノばりに、因果が絡み合ったややこしい裏切りの連鎖話。
 ずっと胸の内に抱えていたものを吐きだし、スッキリした表情となっている宗像孝光は、こう話を締めくくる。

「ずっとクソの役にも立たない東郷を飼っていたのは、もしものときの身代わりとするためだ。真相に気がついてつまらぬことをたくらむ輩があらわれぬとも限らんからな。だがその心配はもういらない。藤枝が死に、証拠類は根こそぎ回収した。ならばいいかげんに過去と完全に決別してもよかろう」

 すべてを知った東郷隆盛が悔しげに身悶えては、猿ぐつわ越しにモガモガモガ。
 その姿に愉快そうに目を細めている宗像孝光。
 想いのたけをぶちまけた宗像孝光の背後では、黒づくめの男たちがせっせとダイナマイトを仕込むのに大わらわ。
 メンバー全員がとっくに買収されていた。
 というよりも、はなから宗像孝光の手の者たちにて、東郷隆盛に従ったフリをしていただけなのは一目瞭然であった。
 でもって、宗像老が本気でおれたちごと、すべてを闇に葬るつもりであるということも。

 どうやら事前にどこに仕掛けるか、入念に打ち合わせをしていた模様。
 ちゃっちゃと手際よく爆破準備を終えたところで、宗像孝光と黒づくめの男たちはそそくさと退去。
 タイマー表示は十分後に設定されている。
 刻一刻と近づく死を前にして。

「どっこらせ」
「やれやれ、年寄りは話が長くて困る」

 おれとカラス女があっさり拘束を解いたもので、東郷隆盛が目を見張って、猿ぐつわ越しにフガフガフガ。


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