おじろよんぱく、何者?

月芝

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589 賞金首

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 等間隔に並ぶ常夜灯。
 橙色の弱々しい明かりを頼りに、緩やかな下り坂となっている坑道内を進む。
 その先に待っていたのはひらけた空間。
 煌々とライトがともる場所。どうやらここが終点らしい。

 黒づくめの男たちが運搬作業に精を出している。それに対して一段高いところから、杖を振りかざしながらギャンギャンわめいて指揮していたのはひとりの老爺。
 いかにもうるさ型といった老爺にて、近所にいたら何かと口やかましくて、とってもめんどうくさそう。もしも町内会長とかになったら、かんちがいして周囲から疎まれそうなタイプ。
 そんな老爺が連れてこられたおれたちをジロリとひとにらみ。

「なんだそいつらは?」
「はっ、東郷さま。裏切り者である藤枝宅へと赴いたときに、先に侵入していたコソドロどもです。いろいろと知られてしまったようでして、とりあえず回収した荷物といっしょに連行してきた次第です」

 黒づくめの男たちのうちのひとりから報告を受けて、「ちっ」と東郷と呼ばれた老爺は舌打ち。眉間にシワを寄せつつ不機嫌そうに言った。

「まぁ、いい。その辺の邪魔にならないところにでも転がしておけ。こいつらの始末はあとで宗像に相談するとしよう」

  ◇

 縛られたまま隅っこに放置されたおれとカラス女。
 黒づくめの男たちが作業をしているのを尻目に、ふたりは顔を近づけヒソヒソヒソ。

「なぁ、さっきの聞いたか?」とおれ。
「あぁ、宗像っていったら、やっぱり宗像グループに関係している人物のことだろう」とカラス女。

 この採石場も宗像グループ所有であることからして、まずまちがいあるまい。
 宗像グループは、宗像孝光という人物が戦後の闇市から裸一貫で立ち上げ、成長させた二部上場企業。運送業を中心に手広くいろいろやっており、近々、一部に上場するのではとのウワサもちらほら。

「……ってことは、いまってとても大事な時期なんじゃねえの? こんなことにかまけているのが露見したら、けっこうヤバくない?」
「そのはずなんだが、はてさて」

 会話をしながらおれは手をもぞもぞ。化け術にて手だけを「変化」
 ドロンと細い鉄の棒にすれば、手首を固く縛っていた結束バンドもするりとはずれる。ついで足首の拘束も外す。動けるカラダとなったところでカラス女の拘束も解く。
 かくして自由を取り戻したおれたちではあったが、べつにその場から動くでもなし。
 ふたり共にタバコを取り出し、プカプカふかしはじめる。
 いざともなればどうとでもなるだろうと判断したおれたちは、もう少し、ことの行方を見届けることにしたのである。

「あの感じの悪そうな口やかましい爺さん。たしか東郷といったか」
「東郷、とうごう、トウゴウ……。あっ、思い出した! 東郷隆盛、黄桜の会がらみで指名手配されている中に、たしかそんな名前のヤツがいたはずだ」

 東郷隆盛とうごうたかもり
 黄桜の会の主要メンバーのうちのひとり。
 過激派の中でも特に武闘派で知られた人物にて、そのチカラは敵勢力のみならず味方にも容赦なくふるわれることから、仲間内からもずいぶんと恐れられていた。少しでも軟弱な言動をするだけで情け容赦なく科される鉄拳制裁により、狂犬東郷との異名を持つ。
 国家権力との最終闘争のときに、どさくさにまぎれてまんまと雲隠れ、ずっと指名手配されていた。

  ◇

 カラス女から東郷隆盛の情報を聞いて、「なあなあ」とおれが真っ先に確認したのは懸賞金の有無である。
 最近でこそ、ちらほらと指名手配犯の首に賞金がかけられるようになったものの、なぜだか日ノ本では反応がいまいち。もっと盛り上がりそうなものなのに。
 海外では賞金首を専門に狙うハンターが、つねに鵜の目鷹の目にて競争に明け暮れているというのに、である。

 原因はたぶん国民気質。
 いまいちこの制度にそぐわないらしい。
 日ノ本の民は、密告やら告げ口をことのほか厭う傾向にある。企業の不正を質すための内部告発でさえあっても、眉間にシワを寄せいい顔をしない始末。
 いちおう表向きには「よくやった」「えらい」と告発者の勇気を褒め称える。でも裏ではそんな人物は信用はできるけど、信頼はできないと遠ざける。巻き添えはごめんだとばかりに、遠巻きにし距離を置く。いつ自分に矛先が向けられるか不安でしようがないのだ。
 ましてやそこに金銭的な授受が発生すると、なおのこといい顔をしない。
 本音と建て前、欲と妬み嫉みなどの感情が入り交じって素直になれない。そのくせ潔癖ぶる。声を大にして欲しいものを欲しいといえない。イヤイヤ期の幼児ばりに、とにかくめんどうくさい気質なのである。

「東郷の首にかかった賞金か……、たしか百五十万ぐらいじゃなかったかな」

 カラス女は二本目のタバコに火をつけながら記憶を漁る。
 賞金額を知ったおれは「うーん、微妙」とぼそり。

「まぁ、狂犬なんぞと大袈裟な異名がついちゃあいるが、組織にとってはとるに足らない存在ってこったろう」

 ギャンギャン騒いで悪目立ちしただけの小物。
 カラス女からそうバッサリ切り捨てられた東郷隆盛。
 このことを知ってしまったおれは、向こうで若い連中相手にハッスルしている老爺に、生温かい目を向けずにはいられない。


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