おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
上 下
567 / 1,029

567 ピンポン奪取大会

しおりを挟む
 
 各階にほどよくばらけた参加者たち。開始の合図とともに一斉に駆け出す。キョロキョロしながらフロア内をうろちょろ徘徊しては、隠されてあるボタンを探す。

「ピンポーン! ポイント、ゲット」

 マシンボイスが響くたびに歓声があがる。
 一方で「おれも」「わたしも」と競争心にメラメラと火がついた参加者たちは、よりいっそうムキになり競技にのめり込む。一人の熱が二人に、二人の熱が四人といった具合に伝播しては拡大。会場中が熱気を帯びていく。

 表向きは家族連れも参加するほのぼのとしたイベント。
 しかしひと皮むけば、けっこうな仁義なき戦いとなりつつある。
 盛り上がる一方で、発見されたボタンを巡って「俺が先に見つけたんだ! よこしやがれ」「いいえ、このボタンは私のものよ! くたばれ」なんぞという醜い争いもちらほら目立つようになってくる。

 こうなるように仕向けたのは、ほかでもない主催者である萩野露草。
 豪華賞品というエサを鼻先にぶら下げることで、人心をおおいに惑わす。
 欲望を完全にコントロールされてしまっている。
 この状況はさながらお正月の初売りセールのバーゲン会場のごとし。
 紳士淑女の仮面を脱ぎ捨て本性むき出しとなった人間は、冬眠明けのクマよりもよほど危険だ。うかつにちょっかいを出したらどんな災難に巻き込まれることやら。

 なのでおれは喧騒を横目に当初の予定通り、こそこそと隅っこ移動を開始する。
 五階遊戯エリア内にあるゲームセンター。その片隅に設置された自動販売機前。
 購入したばかりの熱々の缶コーヒーをおれはちびりちびり飲む。
 するとたまさか自販機の側面上部に設置されてあったボタンを発見した。

「まぁ、一個ぐらいは押しておかないと格好がつかんか。さすがにゼロだとあとで芽衣たちにドヤされるからちょうどよかった」

 というわけでピンポンしておく。

 視線の先ではあちこちをひっくり返したり、のぞき込んだりしては鵜の目鷹の目にてボタンを探している参加者たちの姿。
 みな目を血走らせて狂気じみており、ちょっとおっかない。
 だがそれはそれとして……おかしいな。この階にいるはずのピンポンピンクの姿がどこにも見当たらない。

「おや? ピンクの野郎、まだ動いていないのか。ずいぶんと余裕だな。……いや、ちがう。これはハンディだ。あえて初手を譲り、あとからぶっちぎる算段なんだ。なんていやらしいことを考えやがる」

 その読みは当たった。
 イベント開始十五分が過ぎた頃、ピンポンパンポーンとアナウンス。

『サービスタイムは終了です。これよりピンポンレンジャーが参戦します。彼らの勇姿に刮目せよ! では、引き続きイベントをお楽しみ下さい』

 アナウンスに続いて館内放送で流れるのはダンダバダァなオープニング曲。
 勇ましい曲調と漢汁ドバドバな熱苦しい歌詞にのって、おれのいた場所のすぐ近くにあった非常口の扉の奥よりババーンと登場するピンポンピンク。
 ちらりとこちらを見て軽く会釈をしてから、猛然と駆け出した。
 かとおもったら走りながらにもかかわらず、瞬く間に三つのボタンを発見してピンポン、ピンポン、ピンポン。
 いきなり三連続でポイントゲット!

 競技の公正を期すため、ピンポンレンジャーたちにもボタンの配置は知らされていないはずなのに、なんという慧眼であろうか。
 ボタンを押す指先にも一切の迷いやブレがなかった。
 アメフト選手のごときガタイと突進力、そのくせ横移動をも巧みにこなし、走りながらにもかかわらず周囲の状況を冷静に見極め、空間を把握し的確に獲物を狙い撃つ。
 産休に入った本家ピンポンピンクの代役として急遽選ばれたと本人は言っていたが、適当に選ばれたわけじゃなかったんだ。
 おそるべし、萩野露草。
 おそるべし、二代目ピンポンピンク。

 実力のいったんを垣間見たことで、参加者たちの間にどよめきが起こる。
 彼らはようやく気がついたのだ。投入された特撮ヒーローもどきの変態コスプレ集団が、けっしてただの盛り上げ役や冷やかし要員などではないということを。
 衝撃は五階のみならず、各階でも同様に起こっていた。
 圧倒的強者の登場。聡い参加者らの中には早くもあきらめムードになっている輩もいたが、逆に闘志をたぎらせている者たちもいた。
 その筆頭は誰あろう尾白チームの面々である。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

推理小説家の今日の献立

東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。 その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。 翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて? 「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」 ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。 .。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+ 第一話『豚汁』 第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』 第三話『みんな大好きなお弁当』 第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』 第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...