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549 座敷童
しおりを挟むぽっかりと口を開けている玄関から「おじゃまします」とおれたち。
いかに廃屋同然とはいえ、他人さまのお宅に土足のままであがるのは、ちょっとドキドキする。
だがそんな浮ついた気分は内部に一歩足を踏み入れたら、たちまち吹き飛んだ。
ドロリとした空気、湿り気が強い。山間部ゆえに外も少しひんやりとしていたが、中はさらに温度が低いようだ。
ずんと奥にのびた廊下。
手持ちの懐中電灯で先を照らしてみるも、人工の光はすべて闇に呑み込まれてしまい、よくわからない。
夜目が利くタヌキ娘の芽衣に「どうだ?」と訊いてみるも、首をふるふる。
「ダメ。闇が濃すぎる」
この手の日本家屋に比べると廊下の天井も幅もかなり大きめに設計されてある。
だというのにこの圧迫感はなんだ?
やたらと息苦しい。まるで朝のラッシュアワーの満員電車に乗ったときのように、ぎゅうぎゅうぎゅう……。
原因は闇だ。
ライトの明かりがなければ、すぐそばにいるはずの同行者たちの姿もよくわかないほどに深く濃い闇の黒が、こちらを包むかのようにして押し迫る。
屋敷内に入ってからうなじの毛がずっとチリチリしっぱなし。
動物としての本能が、勘が、さっきから警鐘を鳴らしている。「これ以上、行くな、すぐに引き返せ」と訴えている。
なのに先頭の車屋千鶴はスタスタスタと先を急ぐものだから、おれと芽衣も引きずられるようにしてあとに続くことになる。
◇
……にしても、長い廊下だ。
状況や心理的な影響からそう感じられることを差し引いても、長い。
いちいち歩数は数えていないものの、とっくに五十メートルは進んでいるはず。
なのにいまだに突き当りには到達せず、扉や襖の類もまるで見当たらない。
異様な造りである。両脇の壁の向こうの空間はいったいどうなっているのだろうか。
ちょいと気になったおれは最寄りの壁へと手をのばし、コンコンと叩いてみようとするも、その際に背後をチラ見してギョッ!
入り口が消えていた。
おれたちは真っ直ぐに進んでいたはず。本来であればまだ見えているはずの玄関がどこにもなく、あるのは漆黒の闇ばかり。
おもわず確認するために戻ろうとしたところを、おれの腕を掴んだのは車屋千鶴。
「いけません、尾白さん。ここで反転したら完全に方角を見失いますよ。自分が進んでいるのか、戻っているのかわからなくなって、延々と彷徨うことになります」
暗闇の中、下手にジタバタするのは悪手。
こういう時は、わき目もふらず前だけに進むべし。
車屋千鶴から諭されて、おれはすぐに「すまん、柄にもなくちょっと取り乱したようだ」と素直に詫びた。
◇
何もないけど、何かある廊下をひたすら進んでいると、唐突に車屋千鶴が話題にしたのは座敷童のこと。
居ついた家には富と幸運をもたらし、去った家はたちまち没落するというアレだ。
男の子だの女の子だの双子だのご先祖さまだのと、その正体については、いろんな説があるが、本当のところはよくわかっていないあやふやな存在。
「ひょっとしてこの大鳳屋敷にも」
「……というウワサは当時からずっと流れていたそうですよ。それどころかこの屋敷は捕まえた座敷童を逃がさないための牢獄という話さえも。真偽のほどは定かではありませんけど、屋敷の奥に怪しげな封印が施された座敷牢があるとかないとか」
「それじゃあ、ここがこんな風になっちゃったのは、捕まえた座敷童が逃げ出したからなんでしょうか?」
芽衣の言葉に車屋千鶴は「さぁ、それはどうでしょうか。しょせんは他人の生き血を啜る戦争成金ですからねえ。どのみち敗戦濃厚の末期には業績は右肩下がりにてグダグダになっていたはずですから。時間の問題だったとは思いますよ。まぁ、この手の話のオチは基本、ラストは悲惨と相場が決まっていますし。上がれば落ちるのが世の常ですから」と肩をすくめる。
「座敷童ねえ、あいにくとおれにはとんと縁がない存在だなぁ。閑古鳥と貧乏神ならしょっちゅう会ってるんだけど」
「あー、たしかに。完全に休憩室がわりされている感はありますよね、うちの事務所って。でなければ、けっこう頑張ってカラダを張っているのに、あんなにちょいちょい閑散期が到来するはずがありませんもの」
座敷童が実在するのであれば、貧乏神もきっといるはず。
だから自分たちは悪くない。
なんぞと探偵と助手が業績の乱高下の責任を第三者に押しつけていたところで、一行の前に姿をあらわしたのは八枚並びの襖であった。
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