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545 ウワサの男
しおりを挟む聚楽第が誇る五人のヤバい女たちが揃ったところで、ルクレツィア・ギアハートが「貴女、どうしたのよ、ソレ?」と声をかけたのはトラ狂女の英円。
包帯まみれの半ミイラ状態にて、とても痛々しい姿。
すると英円が返事をするよりも先に、くつくつ肩をふるわしたオコジョくのいち・かげりが先に答える。
「あー、それは下剋上に失敗したせいだよ」
聚楽第では現在の総帥の意向により下剋上制度が導入されている。
それすなわち総帥を倒したら自分がトップに立てるというもの。
群れのリーダーになれる。
他者を率い意のままに操れる王様になれる。
多くの動物たちにとって、それはとてもとても魅惑的なこと。
だから制度導入当初は「我こそが最強!」と自負する腕自慢の猛者どもがこぞって名乗りをあげたものである。
しかし現総帥はなみいる挑戦者たち、そのことごとくを一蹴した。
唯一、勝てそうなのは大江一門の遺産である炎龍の剣を手に入れたネコ剣客の宮本めざしぐらいなのだが、彼は総帥に心酔し絶対の忠誠を誓っているので挑戦するどころか、主君に群がる有象無象を「無礼者、身の程を知れっ!」と一喝し逆に薙ぎ払う始末。
で、しばらく下剋上に挑戦する者がいなかったところに彗星のごとくあらわれたのが英円。
だが結果はご覧の通り。
あっさり返り討ちにされてしまったというわけ。
英円は不貞腐れつつ瓶ビールを直呑みでぐびり。
「たしかにかげりから強いとは聞いちゃいたけど、なんなんだいありゃあ? この私がほとんど何もできないまま、一方的にボコられるだなんて……」
総帥と対峙したときのことを思い出し、英円が苦虫を噛みつぶしたかのような表情となり、ぼそりとつぶやいたのは「まるでとてつもなく高い絶壁を間近で見上げているようだった」という感想。
これを耳にして「そりゃあ、そうだよ。あの人、私の作ったカブトを一撃で粉砕するんだもの。むしろその程度の怪我ですんでラッキーだったね、英円ちゃん。手心を加えられたってことは、見込みありと判断されたんじゃあないのかなぁ。でなかったら、いまごろとっくに壊されて墓の下だね」なんぞと言ったのは暮来真理。
マッドサイエンティスト暮来真理が作ったアニマルロボシリーズ・量産型カブト。
イヌ頭の獣人タイプにていかにもメカメカしたメタリックボディを持ち、とっても頑強なのが取り柄。どれぐらい頑強なのかというと武術の達人を数人同時に相手にしても、踏ん張れるほど。かつて姫路アニマルキングダムで行われた獣王武闘会西国予選において大暴れしたのも記憶に新しい。
だというのに現総帥の手にかかれば、まるで空き缶をクシャリとつぶすかのようにして容易くやられてしまう。
「………………」
暮来真理の言葉に黙ってウンウンうなづいているのは、カブトと同じく彼女の手によって産み出されたカスタム機シリウス。
圧倒的武力、存在感、カリスマ性……。
歴代最強との呼び声も高い現総帥。当面はその支配体制が揺らぐことはないだろうと五人の女たちの意見が一致したところで、次の話題にのぼったのは、とある男のことであった。
◇
オコジョくのいち・かげりは、かつてハムスターなどの大量の齧歯類を扇動して、人間の街に病原菌をばら撒くバイオテロを画策するも、その男に未然に阻止された。
獣王武闘会ではアニマルロボの運用実験を邪魔されただけでなく、爆破テロの被害を最小限に食い止められる。
ルクレツィア・ギアハートは、かげりから彼の話を耳にして興味を覚え、みずから接触を試みる。
世界的イベントに無理矢理巻き込んだあげくに、高月の地を舞台にして怪盗と探偵の攻防を演出。最高のショーを堪能し、エキサイティングな夜を過ごした。
アニマルロボ・シリウスは獣王武闘会西国予選のおりに、彼によって密かにライバル視していたプロトタイプ先行機であるネコ耳メイド型アニマルロボ・零号との対峙が実現する。
トラ狂女の英円にいたっては、つい先日、日ノ本の畿内を中心とした騒乱において、男の介入を受けてこっぴどくしてやられたばかり。
「あの化け術には本当に驚かされる。第二十八代目芝右衛門の直弟子だって話だけど、いくら無機物限定とはいえちょっと尋常じゃないよ」
と首をかしげたのは、かげり。
「いい人よね、彼って。ふだんはちょっとだらしなくて頼りないけど、ここぞというときには一転して大胆になるんだもの。あのギャップはちょっと反則よね。免疫のない子ならすぐにボーッとなっちゃうんじゃないかしら」
クスリと蠱惑の笑みを浮かべるルクレツィア・ギアハート。
「お熱といえば羅美のヤツがずいぶんとあの野郎に入れあげていやがったな。ちっ、こんなことなら単に排除させるんじゃなくて、いっそのこと寝取るべきだった。目の前でイチャついてやったら、その方がよっぽど羅美にダメージを与えられたはず」
腕を組んで英円がぶつくさ。真顔で鬼畜発言を垂れ流す。
「……尾白四伯、出所不明、高月の地に生息する動物たちのうちの一頭、探偵を生業とし、よくわからない珍獣にしてヘビースモーカー、腕っぷしはイマイチだが化け術に特化しており、『百化けの尾白』の異名を持つ。なお探偵としての能力と実績はそこそこ。どうしてあの男が零号姉サマと親しい間柄なのかは不明」
話題になっている男について淡々と情報を羅列してゆくシリウス。
するとここで五人の中で唯一、直接、探偵と面識がない暮来真理がいきなり爆弾発言を投下する。
「その話題の探偵さんなんだけどさぁ、ちょーっとヘンなんだよねえ。じつは気になったからこっちでも密かにサンプルを取り寄せて調べてみたんだけど、地球上に該当する遺伝子情報がないんだよねぇ」
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